●ダークでヘヴィーでドラッギーなスライの世界

前回のエッセイで、個人的なスライ&ザ・ファミリー・ストーンとの出会い、およびスラ
イの音楽のポップでソウルフルな部分について書いた。今回はその続きで、もうひとつの
ダークでヘヴィーでドラッギーなスライの世界について取り上げてみたい。

一般的にスライの名盤としてあげられることが多いのが、『ゼアーズ・ア・ライオット・
ゴーイン・オン(邦題:暴動)』である。映画「ウッドストック」でスライに出会い、同
映画のサウンドトラック盤(《ダンス・トゥ・ザ・ミュージック》、《ミュージック・ラ
ヴァー》、《アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー》のライヴ演奏が収録され
ている)に含まれていたスライの迫力に圧倒されていた僕が最初に買ったのもこのアルバ
ムである。先に述べたようにこのアルバムは、ロックの名盤を紹介している本や雑誌など
に殆どといっていいほど掲載されている。本の紹介に従って、僕も購入したのだ。僕が買
ったのはUSエピックの輸入盤で、ジャケットが本に掲載されていたアメリカ国旗のもの
ではなくスライのステージ写真だった。購入するときに、何でジャケットが違うんだろう
と思ったことを憶えている。しかし本で紹介されていたスライの名盤が眼の前にあるとい
う事実が、僕に購入を決断させたのだ。ちなみに僕が買ったステージ写真のジャケットの
ものは、検閲によって変更されたものらしい。オリジナルのジャケットは下のイメージの
とおりで、アメリカ国旗の星の部分が打ち抜かれ、燃え始めているように見えるものだ。
スライの音楽への期待が、僕のなかではオリジナル・ジャケットへの拘りより勝った。頭
の中は、ウッドストックの《アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー》よりもっ
と凄い世界への期待で膨らんでいく。ジャケットのライヴ場面を捉えた写真も、そのよう
な期待感に一役買っていた。そして家に戻って、ワクワクしながらレコードを聴いた。し
かしその期待は、思いっきり肩透かしをくらったのである。

レコードから聴こえてきた音楽は、ダークでヘヴィーな音楽だった。ウッドストックのサ
ウンドトラック盤でのスライの音楽とは、全く違っていたのだ。この感覚に近いものとい
えば、ビーチ・ボーイズの名盤『ペット・サウンズ』の後に『スマイリー・スマイル』を
聴いたときの感覚といえばわかるだろうか。それまでのスライとは全く異なるチープなサ
ウンド。そしてアルバム全体に漂っているなんともいえない暗さ。これだけだったら放り
出していたアルバムかも知れない。何でこれがスライの名盤なのだろうと思った。しかし
何曲かで顔を覗かせるポップな1面も確かにあって、何かしら心にひっかかる。そして考
えた、”何がスライに起こったんだろう”。

《暴動》は、1970年に制作を開始したのだという。しかし実際にアルバムが完成してリリ
ースされたのは、1971年の11月の終わりだった。《エヴリデイ・ピープル》、《シング・
ア・シンプル・ソング》、そして《アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー》が
収録された前作の傑作アルバム『スタンド』が発表されたのは1969年の3月であった。実
に2年以上の歳月が流れていたことになる。1969年2月の《エヴリデイ・ピープル》の大
ヒット、同年8月のウッドストック出演、9月のシングル《ホット・ファン・イン・ザ・
サマータイム》の大ヒット、翌1970年の映画「ウッドストック」の公開によって、スライ
&ザ・ファミリー・ストーンの人気は絶頂期を迎えていた。レコード会社としては、まさ
に売り時だったわけだ。当然のことながら、スライに新作を期待する。しかしスライが新
作を発表する気配はまったくなかった。スライに業を煮やしたレコード会社(エピックの
親会社のコロンビア)は、同じ会社に所属するアーティストのマイルス・デイヴィスに、
スライの説得を頼んだらしい。当時エレクトリックを大胆に導入していたマイルスは、ロ
ック界からも注目されていた。マイルスがスライの音楽をよく聴いていたことを知ってい
たレコード会社は、マイルスならスライをレコーディングさせることができると考えたの
かも知れない。とにもかくにもマイルスはこの要請に応じて、スライの邸宅を訪問した。
この話は、マイルスの自叙伝にも出てくるのでおそらくは真実だろう。その当時のスライ
がどのような様子だったのか、マイルスに語ってもらおう。

「スライの人気が出ると、家の周りにもレコーディング中のスタジオにも、いつも
  すごい 人が集まるようになった。オレも2回ほど行ったが、どこを見ても女、
  女、女、他にいるのはコカインと銃を持ったボディ・ガードだけで、気味が悪か
  った。オレは彼に、一緒には何も できないと話した。で、一緒にコカインをや
  って、それで終りだった。コロンビアにも、彼にレコーディングさせることなん
  てできないと伝えた。」
 (宝島社「マイルス・デイビス自叙伝」マイルス・デイヴィス/クインシー・ト
    ゥループ著、中山康樹訳より)

振って湧いたような名声によって大きく生活が変化し、様々な誘惑に囲まれて、レコード
会社のリリース・スケジュールのプレッシャーに晒されているスライの姿がそこにある。
スライは過剰なドラッグ摂取とグルーヴィーの快楽に逃げ込み、アルバムが制作は依然と
して進まなかった。アルバム制作のみならず、コンサートをすっぽかすこともあったのだ
という(スライのいないコンサートなんて考えられない!)。そのようなスライの状態に
よってバンドのメンバー間に軋みが生まれ、オリジナル・メンバーのラリー・グラハム(
ベース)、グレッグ・エリコ(ドラムス)は、やがてグループを去っていくことになる。
アルバム制作は、このような状態の中で進められた。従ってこのアルバムでは、ファミリ
ー・ストーンのメンバーは殆どプレイしていないらしい。スライの自宅に作られたスタジ
オで、ほぼ全ての楽器をスライがプレイして創られたのだという。曲によっては、ボビー
・ウーマックやジョニー・”ギター”・ワトソンがプレイしたと言われている(彼等の顔
は、裏ジャケットで確認できる)。この2人の他にも、ジミ・ヘンドリックスのバンド・
オブ・ジプシーズのドラマーだったバディ・マイルス(彼の顔も、裏ジャケットで確認で
きる)や、ビートルズの《ゲット・バック》や《レット・イット・ビー》でキーボードを
弾いたビリー・プレストン(《ファミリー・アフェア》でキーボードを担当したと言われ
ている)なども参加した可能性が高い。つまりこのアルバムは、他のミュージシャンの助
けを借りた、実質的にはスライのソロ・アルバムといっても良いのだ。なぜ他のミュージ
シャンの参加をなぜスライが求めたのかは、なんとなく想像がつく。おそらくは、自分の
創造力への音楽的な刺激を求めたのだろう。
音楽制作の場に身を置いていたこともあるスライは、人気絶頂時にアルバム・リリースを
出来なければどうなるのか理解していたはずだ。しかし快楽の世界の中にいたスライは、
おそらく曲が思いどおりに創れなかった。そのことが余計にプレッシャーとなり、また快
楽の世界に逃げ込んでしまう。プレッシャーを跳ね除ける精神的な強さが、スライにはな
かったのだろう。しかしスライは、誰よりも次のアルバム制作を進めたかったはずだ。そ
のようなスライの気持ちは、例えば《ラヴン・ヘイト》の”いい気持ち〜だから動きたく
ない、いい気持ち〜だから動きたい”や、《ラニン・ウェイ》の”やっとここまで来たん
だ、馬鹿にされてもいいのか”といった歌詞に現れている。《ポエット》では、”俺のた
った一つの武器はペンだ。そして今の俺の気持ち、俺はソングライターで詩人だ”と歌っ
ていることからもわかるように、ドラッグでボロボロになりながらも、スライにはミュー
ジシャンとしてのプライドが残っていた。そのプライドと他のミュージシャンからの刺激
があったからこそ、アルバムをなんとか完成できたのだと思う。

では肝心の音楽はどうなのか。かつてラヴ&ピースの象徴のようなヒット・ソングを連発
し、コンサートに集まる大観衆を物凄い迫力でアジテートしていたスライの姿はもうそこ
にはない。《ジャスト・ライク・ア・ベイビー》などリズム・ボックスを多用した曲は、
独特のチープなグルーヴ感を醸し出す。まるで宅録のデモ・テープを聴いているような印
象だ。実際に何曲かは、デモ・テープ同様にレコーディングされたものに”化粧”が施さ
れて収録された可能性もある。スライのヴォーカルは擦れ、まるで意識が朦朧としている
病人をベッドから起こしてレコーディングさせたような印象さえ受ける。そして全ての曲
の歌詞は滅茶苦茶暗く、アメリカの暗部を、スライ自身を皮肉っぽく炙り出す。しかし音
楽は、不思議なことに繰り返し聴いていると麻薬のように確実に効いてくるのだ。
まず耳に残るのは、《ファミリー・アフェア》、《(ユー・キャッチ・ミー)スマイリン
》、《ラニン・アウェイ》に聴ける歌詞の暗さとは裏腹のようなポップ性だろう。それま
でのスライの音楽に無かったポップさだ。アルバムからのファースト・シングルとなった
《ファミリー・アフェア》は、現行CD(日本盤)の解説ではギャンブル&ハフのアレンジ
によってフィラデルフィアでレコーディングされたと書かれているが、やはりスライのス
タジオでのレコーディングだろう(確かにフィラデルフィア・ソウルを支えたMFSBが
、この曲のインストゥルメンタルのカヴァー・ヴァージョンをレコーディングしているの
だが)。《ファミリー・アフェア》のサウンドの質感は、他の曲と同様にスライ手作りの
感が強いからだ。ファンキーなエレクトリック・ピアノは定説どおりビリー・プレストン
によるものだろう。この3曲の中で僕が一番好きなのは、シンプルな佳曲《ラニン・アウ
ェイ》である。歌とホーン・セクションの掛け合いの部分のリズムの切り替えが見事だ。

そしてポップな曲でアルバムに慣れて暫くすると、スライがこのアルバムに込めた(とい
うより自然に込められた)ダークな感情が、ヘヴィーなファンクと相まって麻酔薬のよう
にジワーっと効いてくる。これに気がついてしまうと、もう抜け出すことはできない。こ
のグルーヴにまいってしまったアーティストも、マイルス・デイヴィス(『オン・ザ・コ
ーナー』のハイハットの使い方)やプリンス(『サイン・オブ・ザ・タイム』のタイトル
曲のグルーヴ感)など数知れない。自らのヒット曲《サンキュー》をリメイクした《サン
キュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ》の気の遠くなるような暗さとヘヴィ
ーなファンク・リズムに、最近の僕自身ハマリっぱなしだ。ダークでヘヴィーなこの物凄
い音楽は、もはや麻薬といってもよいのである。
『 There's A Riot Goin' On 』 ( Sly & The Family Stone )
cover
オリジナル・ジャケの日本盤
cover
検閲ジャケのUS盤

1.Luv N' Haight, 2.Just Like a Baby, 3.Poet, 4.Family Affair,
5.Africa Talks to You "The Asphalt Jungle", 6.There's A Riot Goin' On,
7.Brave and Strong, 8.(You Caught Me) Smilin', 9.Time, 9.Spaced Cowboy,
10.Runnin' Away, 11.Thank You for Talkin' to Me Africa

SLY & THE FAMILY STONE

SLY "SYLVESTER STEWART" STONE(vo,org,harmonica),ROSE STONE(vo,elp),
FREDDIE STEWART(elg),LARRY GRAHAM(elb),GREG ERRICO(ds),
CYNTHIA ROBINSON(tp),JERRY MARTINI(sax),

BILLY PRESTON(elp),BOBBY WOMACK(g,ds),JOHNNY "GUITAR" WATSON(g),
MILES DAVIS(org?),HERBBIE HANCOCK(key?)

Label    : Epic
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