●ポップでソウルフルなスライの世界

1969年に「ウッドストック」という、伝説のロック・フェスティバルがあった。翌年に映
画も封切られ、大ヒットを記録している。この3日間に渡るフェスティバルを代表する名
演といえば、一般的にはジミ・ヘンドリックスが奏でた《アメリカ国歌》だろう。僕もい
まから30年近く前に、この映画を映画館に観に行ったときは、ジミを観ることが目的だっ
た。しかし映画を観て最も印象に残ったのは、実をいうとジミではなかった。僕が最も印
象に残ったのは、映画の終盤のジミの前に登場したスライ&ザ・ファミリー・ストーンで
ある(ちなみに現在のDVDでは、スライとジミの間に、映画版に含まれなかったジャニ
ス・ジョップリンなどのシーンが追加されている)。スライのステージは夜だった。映画
のシーンでは、フィルムが青みがかった感じになっている。演奏前のスライの顔のアップ
から始るのだが、その妙な静けさと”黒い顔”に、緊張感がグワァーンと高まったのを思
い出す。それまで出てきた白人中心のバンドとは、”何か違うぞ”というような雰囲気が
濃厚に漂っていた。そしておもむろに、彼等の代表曲のひとつ《アイ・ウォント・トゥ・
テイク・ユー・ハイアー》の演奏が始る。このスライのパフォーマンスが、物凄い迫力な
のだ。汗をいっぱいに浮かべながら、歌い踊り、オルガンやハーモニカを演奏しまくるの
だ。これが僕のスライ初体験である。このスライには度肝を抜かれた。映画では、最後に
スライが大きく両手を上げる場面でストップ・モーションになる。映画館の大きなスクリ
ーンで観るこの場面は、呆気にとられるようなカッコよさがあった。

スライについては、本当はもっと早くエッセイで取り上げようと考えていた。昨年14回に
渡って書いた「ソウル・ミュージックの素晴らしさ」というシリーズの中で、スライのこ
とも取り上げることを考えていた。順番的にいうと、9番目のアレサ・フランクリンと10
番目のマーヴィン・ゲイの間くらいに入る。しかしスライの創る音楽は、ソウル・ミュー
ジックという枠だけで語れない魅力がある。それまでのソウル・ミュージックにはなかっ
た、ポップで自由な感覚とファンキーさがあるのだ。そのような理由で、書くのをためら
った。60年代末から70年代初頭を代表するグループの一つであるスライ&ザ・ファミリー
・ストーンというグループについて、僕自身いま一度よく考えてみたかった。それが今日
まで書かなかった理由だ。スライ&ザ・ファミリー・ストーンに関しては、ヒットが多い
割には情報が少ない。まずはスライの音楽の魅力について考える前に、スライという人が
どんな人で、スライ&ザ・ファミリー・ストーンというバンドがどのようなバンドだった
のかを見てみることにしよう。

スライ・ストーンことシルベスター・スチュワートは、1944年にダラスで生まれている。
同い年には、ロジャー・ダルトリー、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジといった人たちが
いる。60年代から70年代にかけてロックの黄金時代を作ったこれらの人たちと同年代だ。
彼らとスライの大きな違いは、彼等は白人でありスライは黒人ということである。その後
カリフォルニアに移ったスライは、彼のファミリーのゴスペル・グループで歌っていたと
いう。多くのソウルのスター達と同様に、スライのスタートもゴスペル・グループだった
わけだ。16歳のときには、ドゥ・ワップ・グループのリード・シンガーとなり、ローカル
で《ロング・タイム・ゴーン》というヒット曲もだしている。その後ジュニア・カレッジ
に進み、音楽理論と作曲とトランペットを学んでいる。20歳で新興レコード・レーベルの
スタッフとなり、ソロ・シングルといくつかのグループのプロデュースを行っている。そ
して割と有名な話だが、ラジオのDJとしても活躍していたらしい。つまりこの時点まで
のスライは、作曲(おそらくはある程度の編曲も)、プロデューサーとしての音楽制作方
法、DJとして最新ヒットに触れる環境があったということになる。これはその後の彼の
音楽を知る上でのヒントになる。
この頃のスライは、後のファミリー・ストーンの母体となる自分のバンドもやっていた。
弟でギタリストのフレディも自分のバンドをやっており、この2つが合体してスライ&ザ
・ファミリー・ストーンとなるのである。メンバーは、ヴォーカルとキーボードがスライ
、サイド・ヴォーカルとピアノに妹のローズ・ストーン、ギターが弟のフレディ・スチュ
ワート、ベースが後にスラッピング・ベース(いわゆる”チョッパー・ベース”)の元祖
と言われるラリー・グラハム、ドラムスがサンタナやウェザー・リポートにも参加するグ
レッグ・エリコ(ベースとドラムスは後に交代)、そしてシンシア・ロビンソンのトラン
ペットとジェリー・マーティンのサックスという布陣だ。トランペットのシンシアと妹の
ローズは女性、ドラムスのグレッグとサックスのジェリーは白人、あとのメンバーは黒人
男性という、男女および黒人・白人混合のバンドがスライ&ザ・ファミリー・ストーンだ
ったわけだ。おりしもフラワー・パワー、公民権運動、ブラック・パワーの時代である。
スライも当時の人々も、このグループにどのような幻影を見ていたのかは察しがつく。そ
のような時代性とのマッチングが後押ししたのだろう。スライ&ザ・ファミリー・ストー
ンは人気グループとなっていく。そしてその人気を世界的なものにまで高めたのが、冒頭
にあげた映画「ウッドストック」というわけだ。スライ&ザ・ファミリー・ストーンは、
ジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョップリンらと共に時代を代表するスターだった。
しかしこの時代性こそが、スライの息の根を止めたとも言える。生涯に渡って深刻なドラ
ッグの問題を抱え、その後何度も”カムバック”してくるが、70年代前半までのような魅
力的な音楽が聴かれることもなくなってしまった。

これがスライと、スライ&ザ・ファミリー・ストーンというバンドの歩んだ道である。70
年代後半ごろからは、忘れたころにスライの名を耳にしたものだが、いづれもパッとしな
かった。それでもこうしてスライのことを書いているのは、ひとえに彼の創った音楽がポ
ップでファンキーな魅力を兼ね備えており、時代を超えて熱狂させてくれるものがあるか
らだ。このポップさとファンキーさの両方を兼ね備えているというところが、スライ以前
のソウル・ミュージックに感じられなかった要素なのである。スライは、DJとして日々
ヒット曲を耳にしていたであろう。そのような環境が、自然とヒットするようなポップな
要素をスライに与えてしまったのかもしれない。スライの創る音楽には、必ず耳に馴染み
やすいポップな要素がどこかにあるのである。この要素があったからこそ、スライの音楽
は人々の心に残り続けているのだと思う。
ポップな要素と同様に初期のスライの音楽に顕著なのが、それまでのソウル・ミュージッ
クの系統に連なる音楽の要素である。例えば初期のヒット曲の《ダンス・トゥ・ザ・ミュ
ージック》1曲をとってみても、教会音楽、ドゥ・ワップ、オーティス・レディング(と
いうよりスタックス/ヴォルト全般か)、ジェームズ・ブラウンといった要素をすぐに聴
き取ることができるはずだ。特にバンド・メンバーとしてホーン・セクションを持ってい
るだけあって、スタックス/ヴォルトのシンガーを支えたメンフィス・ホーンズの影響は
濃いように思われる(例えば《エヴリディ・ピープル》)。そして、次々と場面転換する
見事な曲の構成。そこには、スライがそれまでに学んできた作・編曲や音楽制作の能力が
現れている。3分程度の長さのヒット曲のなかにも、聴き手を飽きさせないような音楽的
な工夫が盛り込まれているのである。このあたりも、スライが自分の身体で学びとってき
たものであろう。
スライの創ったそのような音楽は、他のアーティストへの影響も大きい。例えばリフが滅
茶苦茶カッコよい《シング・ア・シンプル・ソング》。ジミ・ヘンドリックスは、エクス
ペリエンスの後に作った黒人だけのバンド”バンド・オブ・ジプシーズ”で、《シング・
ア・シンプル・ソング》のようなリフ中心に発展させた曲つくりを行っている。実際にジ
ミは、バンド・オブ・ジプシーズのフィルモアのコンサートで、《シング・ア・シンプル
・ソング》を演奏しているのである。またマイルス・デイヴィスは、サウンド・トラック
を受け持った映画「ジャック・ジョンソン」のセッションで、ギタリストのジョン・マク
ラフリンが弾いた《シング・ア・シンプル・ソング》の変形リフを取り入れている。マイ
ルスはこのリフをよほど気に入っていたと思われ、80年代のコンサートでもオープニング
・ナンバーとして使用していた。
このあたりまでの初期スライの曲には、ソウル・ミュージックが持つ熱狂とポップさが見
事に溶け合っている。万人の心を捉えるようなポップな要素をもちながら、聴いていると
身体が自然と動きだしてしまうような熱狂が音楽の中に確かにあるのだ。それは他人のモ
ノマネではなく、それまでの音楽的な経験をもとにしてスライが創り上げたものだ。その
オリジネーターだけが持っている本物の音楽の魅力が、いまでもスライを聴いてしまう理
由であろう。そのようなスライの世界を楽しむならば、多くのソウル・ミュージック同様
ベスト盤が良い。スライ&ザ・ファミリー・ストーンには、オリジナル・アルバム未収録
のシングル・ヒット曲もいくつかあるので、ベスト盤を1枚買わないことには全てを聴く
ことができないのだ。下記の価格も手頃なコンピレーションで、ポップでソウルなスライ
の世界を楽しんでもらいたい(1981年に発売されたベストなので、早めに購入しないとな
くなってしまうかも)。スライに関しては、次回にもう1回続けて書く。下記のコンピレ
ーションにも何曲か入っているが、スライにはポップでソウルな世界に続く内省的で暗い
世界があるからだ。実は、僕がぞっこんマイッているのは、そっちのディープでダークな
世界なのである。ポップでソウルフルな世界+内省的でダークなファンク。これがスライ
である。
『 Anthilogy 』 ( Sly & The Family Stone )
cover

1.Dance to the Music, 2.M'Lady, 3.Life, 4.Fun, 5.Sing a Simple Song,
6.Everyday People, 7.Stand!, 8.I Want to Take You Higher
9.Don't Call Me Nigger, Whitey, 10.You Can Make It If You Try,
11.Hot Fun in the Summertime, 12.Thank You (Falettinme Be Mice Elf Agin)
13.Everybody Is a Star, 14.Family Affair, 15.Runnin' Away
16.(You Caught Me) Smilin', 17.Thank You for Talkin' to Me Africa
18.Babies Makin' Babies, 19.If You Want Me to Stay
20.Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be)

SLY & THE FAMILY STONE

SLY "SYLVESTER STEWART" STONE(vo,org,harmonica),ROSE STONE(vo,elp),
FREDDIE STEWART(elg),LARRY GRAHAM(elb),GREG ERRICO(ds),
CYNTHIA ROBINSON(tp),JERRY MARTINI(sax),
RUSTY ALLEN(elb),ANDY NEWMARK(ds) 

Label    : Epic
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