●”彼ら”の演奏するジャズ・ロック

ジャズという音楽が好きな人は、見知らぬ街に出かけるとふとジャズが聴きたくなるとい
う習性があるようだ。20年程前の学生時代に、いまはジャズ界で結構人気のギタリストと
なった高嶋宏さんと演奏旅行に行った際にも、コンサートが終わって街に繰り出した高嶋
さんが「ジャズ喫茶ないかな、ジャズ喫茶」と言いながら歩いていたのを思い出す。かく
言う僕も人のことはいえず、普段は行きなれない街で少しお酒が入ったりするとジャズ・
バーとかジャズ喫茶を求めて彷徨うことがよくある。
先日、京都に行ったときの話だ。この街には、昔からある「ブルーノート」というジャズ
喫茶というかジャズ・バーがある。スィング・ジャーナルの後ろのほうに載っているジャ
ズ喫茶の広告の中でも、パンキッシュな顔のイラストが書かれた広告が印象的な店だ。ぶ
らぶら深夜歩いていたら、ふとそのイラストが眼に飛び込んできた。すかさず店に入り、
カウンターに座ってバーボン・オン・ザ・ロックなんかをオーダーする。街の慌しい喧騒
が、店に入ったとたんに大音量の音楽の中に溶け込んでいく。僕の好きな瞬間だ。で、し
ばらくの間、そこでバーボンを傾けていたのだが、そこで結構興味深いレコードがかかっ
たのである。
ピアノ・トリオの演奏である。誰の演奏だろう。僕の座っている場所からは、ジャケット
がよく見えない。最初に流れてきたのは、《ウォッチ・ホワット・ハプンズ》だ。若き日
のカトリーヌ・ドヌーヴが主演したミュージカル映画「シェルブールの雨傘」の挿入曲で
ある。作曲は、ミッシェル・ルグランだ。映画では、川沿いを歩く主人公に男が話し掛け
る場面で歌われていたと記憶している。ジャズのレコードで有名なのは、ギタリストのウ
ェス・モンゴメリーがCTIに残した大ヒット・アルバムの『ア・デイ・イン・ザ・ライ
フ』での演奏が有名といったところだろう。でもこのピアノ・トリオ演奏は聴いたことが
ない。悪い演奏ではないのだが、どこかたどたどしい。このたどたどしさが、かえって僕
の耳を捉えた。流麗なピアノ・トリオの演奏だったら、聴き流していただろう。たどたど
しいのだが、なにか訴えるような感情が演奏の中にあった。誰の演奏だろう。この曲をや
っているので、録音は60年代後半ではないかと推測できた。バーボンを傾けながら、一人
ブラインド・フォールド・テストに挑みはじめる。次の曲は、ブルースだ。おっと、途端
にピアニストの調子がよくなったぞ。ブルージーな演奏が得意なピアニスト、ブルージー
な演奏が得意なピアニスト。ここである人物の名前が頭に浮かんだが、まだ確信がもてな
い。冒頭のたどたどしいボサノヴァ・リズムで演奏された《ウォッチ・ホワット・ハプン
ズ》が、僕の頭の中であるピアニストの名前と現在流れている演奏を結びつける事を拒ん
でいる。そうこうしているうちに、曲は次へと移った。
なんと今度はジャズ・ロックではないか。《サイドワンダー》のモノマネか?。一瞬たじ
ろくが、どこかで聴いたことのある曲だ。なんとドアーズの《ライト・マイ・ファイアー
(邦題:ハートに火をつけて)》ではないか。ホセ・フェリシアーノならまだしも、ジャ
ズのピアノ・トリオでこの曲をこんな風に演奏した人がいたなんて。ドアーズですよ、ド
アーズ。映画「地獄の黙示録」の《ジ・エンド》ですよ。ステージでナニをナニして、猥
褻物陳列罪で逮捕されたジム・モリスンがいたバンドの曲ですよ。びっくり仰天、有頂天
である。しかしこの演奏からも、どっかしら無理しているところが感じられるのだ。
次の曲は、ワルツ・テンポのジャジーな曲だ。これは悪くない。そしてとどめがビートル
ズの《イエスタディ》である。《ウォッチ・ホワット・ハプンズ》、《イエスタディ》と
ウェス・モンゴメリーのレパートリーが入っていること、および先ほどのブルージーなピ
アノということで、頭の中が一人のピアニストの前で像を結ぶ。
「ケリーだ。ウィントン・ケリーだ」
とは、いうものの、やはりたどたどしいピアノとジャズ・ロックは信じられない。だって
ドアーズですよ、ドアーズ。ステージでナニをナニして、これはもういいか。

ケリーは1951年にブルーノート・レコードでデビューを飾り、50年代後半から60年代前半
は、マイルス・デイヴィスのピアニストを務め、マイルスから離れた60年代半ばには、マ
イルス時代に同じリズム・セクションだったベースのポール・チェンバースとドラムスの
ジミー・コブと一緒にトリオを組んで演奏していた。このアルバムの演奏も、このトリオ
での演奏だ(最後のスタジオ演奏とのことである)。ウェス・モンゴメリーとこのトリオ
が組んだ名盤『スモーキン・アット・ザ・ハーフノート』が録音されたのもが60年代半ば
だ。このレコードに収録された《ウォッチ・ホワット・ハプンズ》などのヒット曲は、ウ
ェスの大ヒットに乗じたお仕着せの企画にケリーがのったのか。それともウェスのライヴ
でのバッキングをやるために、ケリー自身が望んだものなのか。いや、まてよ。ウェスが
亡くなったのは1968年の6月だ。このアルバムでは、他にもウェスがCTI盤で取り上げ
ていたバカラック・ナンバー《アイ・セイ・ア・リトル・プレイヤー》を演奏している。
アルバムの録音は同年の8月だから、ケリー達はウェスを偲んでレコーディングしたのか
も知れない。ウェスが取り上げていたレパートリーを演奏する際に、ウェスのことをかつ
て一緒に活動を共にしていたメンバー全員が思い出さないはずはない。しかしながらその
ような思いがたとえあったにしても、演奏が残酷なまでに明確に伝えているのは、ロック
やボサノヴァのリズムはケリーには似合わないということだ。そのことが、”あのサイケ
な時代”を生きなければならなかったジャズ・ミュージシャンの悲哀を否が応でも感じさ
せる。ケリーだけではない。あの『カインド・オブ・ブルー』をはじめマイルスの数々の
名盤でベースを弾いていたポール・チェンバースが、ドアーズの《ライト・マイ・ファイ
アー》をやっているんですよ。にわかには、信じられないでしょ。この録音から数ヶ月し
てチェンバースも亡くなっていることを思うと、なんともいえない気持ちになる。彼等は
どんな気持ちで、これらの曲をやったのだろうか。曲が悪いのではない。”彼ら”には、
合わなかっただけである。ちなみにamazonの説明は正しくない。このアルバムはライヴ録
音ではないし、”彼ら”の絶頂期を録音したものでもない。しかし、まぎれもなく音楽は
鳴っている。いろいろな想いを抱かせてくれる貴重な録音であることは間違いない。

『 Last Trio Session 』 ( Wynton Kelly )
cover

1.When Love Slips Away, 2.Castilian Waltz [Take 12],
3.I Say a Little Prayer for Me, 4.Kelly's Blues, 
5.Watch What Happens, 6.House of Cards, 7.Light My Fire, 
8.Castilian Waltz [Take 1], 9.Yesterday

WYNTON KELLY(p),PAUL CHAMBERS(b),JIMMY COBB(ds)

Rec Date : Aug 4, 1968
Label    : Delmark
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