●トリ年にちなんで”バード”の話を

いよいよ2005年になりました。私も無事、家族とともにジャーニーズ名曲メドレーで新し
い年を迎えました。今年の干支は”トリ”。音楽の世界で”トリ”といえば思い浮かぶの
が、”バード”ことチャーリー・パーカーです(いささか強引な展開!)。

”バード”ことチャーリー・パーカーという人はどのような人かというと、基本的にはア
ルト・サックスを吹く人です。わざわざ”基本的には”と書いたのは、ときどきテナー・
サックス(しかも、ややこしいことに変名を使用して)吹いているからです。でもアルト
・サックスを吹く人もテナー・サックスを吹く人もたくさんいるので、これだけでは”バ
ード”を説明したことにはなりませんよね。”バード”はアルト・サックスをただ吹くだ
けではなく、吹き倒した人なのです。あまりに吹き倒しすぎているので、最後には自分が
倒れてしまっています。”バード”がサックスをどのように吹き倒すのかというと、概ね
次のようなやり方です。流行っている曲があるとしますよね。いわゆるヒット曲です。”
バード”の活躍している時代でいうと、ブロード・ウェイで上演されている、もしくはそ
れを原作に映画化されたミュージカルの曲が多かったようです。流行っているといっても
、TVドラマやCMとのタイアップなどのメディア・ミックスによって流行っているわけ
ではありません。これらの曲は、人々が音楽や踊りを楽しみに来る場所で、バンドによっ
て頻繁に演奏されることにより流行っていたのでしょう。バンドといっても、サザン・オ
ールスターズみたいなバンドではありませんよ。最近のわかりやすそうな例でいうと、昨
年ヒットした映画の「スィング・ガールズ」のようなジャズ・バンドを思い浮かべて下さ
い。彼女達は、映画の中でスィング・ジャズと呼ばれている曲を演奏しています。これら
の曲と一緒に、ミュージカルの良い曲もすぐにレパートリーとして取り上げられていたの
でしょう。”バード”はこれらの流行っている曲を素材にして、吹き倒していたのです。

えっ、そんなことなら”バード”だけではなく、そのバンドの人たちもみんなやっていた
のではないですかって。いい質問です。答えを言ってしまうと、実はみんなやっていたの
です。みんなやっていたけど、パーカーのようには吹き倒せなかった。これが、その当時
の何十何百といたかも知れないミュージシャン達と”バード”の違いです。その当時の音
楽状況は、ベニー・グッドマンやアーティー・ショー(ご冥福をお祈りします)などによ
って始ったスィング・ブームが戦争によって下火になりつつありました。次第に、バンド
のミュージシャン達は、仕事にあぶれるようになっていきます。彼らの多くはコンボ(コ
ンビネーション・オーケストラの略)と呼ばれる10人以下の小編成のバンドを組み、夜な
夜なクラブなどで演奏して生活費を稼いでいたそうです。しかしミュージシャンという悲
しい性なのか、これらのバンドのメンバー達の多くは”お仕事”としての演奏だけでは飽
き足らずに、演奏が終わると更なる刺激を求めて一杯やれる店に集まっていったのです。
これらのコンボのメンバーが多く集まる店では、”ジャム・セッション”といわれる演奏
が夜な夜な繰り広げられたそうな。想像するに、皆で楽しく演奏するなんてものではなか
ったはずです。おそらくは酔っ払いながらも目の奥は殺気だった”腕試し”の場だったの
でしょう。

これらの”腕試し”を行うのに取り上げやすかったのが、上記のミュージカル・ナンバー
です。みんな日頃から演奏しているので、殆どのミュージシャンが演奏できたのではない
でしょうか。しかし”誰でも演奏できる”ということは、”ミソもクソ”も一緒というこ
とです。上手いやつもいれば、下手なやつもいる。でもミュージシャンなら誰もが、一杯
やって楽しく愉快に演奏を続けたい。誰かが一計を案じたのでしょう。演奏されるミュー
ジカル・ナンバーは、次第にテンポが早くなっていきます。大都会の持つテンポがそれを
後押しします。早くなっていったテンポは、終いには原曲のテンポの数倍になってしまっ
たものもあります。33回転のレコードを、45回転で聴いているあの感じです。おっと、こ
のような説明も最近は通じなくなってしまいました。目まぐるしく変わるコード進行に、
酔っ払った下手なミュージシャンは目を白黒させたことでしょう。ここで大多数の下手な
ミュージシャンは、すごすごとステージを降りたはずです。しかし、まだしぶとく残って
いるミュージシャンもいます。その多くは、当時のヴェテランで、バンドの花形ソロイス
トだったかも知れません。また誰かが一計を案じます。「今度アイツがきたら、こういう
風にヤロウゼ。」次にそのミュージシャンが、またやって来ます。「小僧達、今日も楽し
くやろうぜ。」「じゃあいつものミュージカル・ナンバーをやりましょう。」ヴェテラン
・ミュージシャンがいつものテーマ・メロディを吹こうとした瞬間、小僧達は目配せをし
て、複雑なリフを持ったそのミュージカル・ナンバーの”全く新しいテーマ・メロディ”
をピッタリとしたユニゾンで吹きます。次の曲も、その次の曲も、複雑な新しいメロディ
をピッタリと決めて吹く小僧達に、ヴェテラン・ミュージシャンは圧倒されたことでしょ
う。小僧達のように動かない指を恨めしく思いながら、すごすごとステージを降りていっ
たそうな。

以上は伝説をもとにした僕の想像ですが、この小僧達の中にいうまでもなく”バード”は
いました。当時20代の前半だったはずです。ここで更に想像ですが、”バード”はおそら
く一計を案じた首謀者ではなかったでしょう。複雑で新しいメロディをつけようという首
謀者に、「じゃあ、こんなんでええかぁ」とその場で複雑な新しいメロディを次から次へ
と吹く。それが”バード”という人だったのではないかと思います。根拠はありません。
”バード”の顔から感じた直感です。あの顔は、何も考えていない。なんともいえない顔
をしています。マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスのアーティスティックな顔とは
全く違います。小僧達の中の相棒だった、トランペッターのディジー・ガレスビーの陽気
な顔とも全く違います。”デヘヘ”とか”トローン”とか”お嬢さん、それはあきまへん
なぁ”などという言葉が似合う顔です。しかしサックスを持つと、サックスはまるで”バ
ード”の身体の一器官のようになって自在な音が飛び出てくるのです。”バード”は、「
こんなメロディなら、次から次へとでるでぇ」という吉本のアホ芸人のようなノリで新し
いメロディを吹いていったのでしょう。現在聴く事のできる”バード”の演奏には、その
ような”同じコード進行に、違うメロディがのった曲”が数多く存在しています。そんな
”バード”のアルバムを1枚オススメするとすれば、比較的好調な時期を記録している「
ストーリー・オン・ダイアル Vol.1」をオススメします。まず《チュニジアの夜》
を聴いてください。この《チュニジアの夜》はハードバップ以降のジャズしか聴いたこと
のない人にも面白いはずです。最近ロック系の人が取り上げることも多いので、ジャズを
全く聴いた事がない人が聴いても面白いかも知れません。しかし問題は、曲ではありませ
ん。エキゾチックなテーマをマイルスが吹いていきます。そしてサビで出る”バード”の
ブルージーな節回しを聴いてください。そしてブレイク部分の凄まじいスピード。これが
”バード”の吹き倒しです。これをヤラレタ日には、ヴェテラン・ミュージシャンでなく
ても目もあてられなかったでしょう。なんでもかんでも、自分の調子が良くても悪くても
、吹き倒してしまう”バード”の演奏の凄みが十分に感じられます。そしてそこには、音
楽を聴くうえでのコーフンが確実にあるのです。ライヴで、眼の前で演奏されたらどんな
にか凄かっただろう。そんなことに思いを馳せるトリ年のはじまりなのでした。
『 Story On Dial Vol.1 』 ( CHARLIE PARKER )
cover

1.Diggin' Diz, 2.Moose The Mooche, 3.Yardbird Suite, 4.Ornithology,
5.The Famous Alto Berak, 6.A Night In Tunisia, 7.Max Making Wax, 8.Lover Man,
9.The Gypsy, 10.Bebop, 11.This Is Always, 12.Dark Shadows, 13.Birds Nest,
14.Hot Blues, 15.Cool Blues, 16.Relaxin' At Camarillo, 17.Cheers, 
18.Carvin' The Bird, 19.Sthupendas

CHARLIE PARKER(as),MILES DAVIS(tp),DIZZY GILLESPIE(tp),HOWARD McGHEE(tp),
LUCKY THOMPSON(ts),GEORGE HANDY(p),DODO MARMAROSA(p),JIMMY BURN(p),
ARVIN GARRISON(g),RAY BROWN(b),VIC McMILLAN(b),BOB KESTERSON(b),
STAN LEVEY(ds),ROY PORTER(ds)

Label : DIAL
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