●スプリングスティーンのロックン・ロール・スピリッツ

1970年代にロックン・ロールを自分の生きる道にした人にとって、ロックの世界を生きぬ
いていくということはどういうことだったのだろう。1970年は、ストーンズの「オルタモ
ントの悲劇」によるラヴ&ピースの終焉と、ビートルズの解散をもってロックの歴史に一
つの区切りがうたれた年である。50年代のエルヴィスに始ったロックは、それ以降突破口
を探すかのように、プログレ、グラム・ロック、ハード・ロックなど多様なスタイルに分
かれていった。それに伴って、ロックは巨大ビジネスとして商業的なものとの結びつきを
強くしていく。70年代に生きる自覚的なミュージシャン達は、そのような”出来上がって
いた”ロックに対して、自分達なりの回答を探しながらやっていかなければならなかった
のだと想像する。イギリスで生まれたパンク・ロックは、”終わってしまって商業主義に
身を売ったロック”に対して”No!”をつきつけ、アメリカのカリフォルニアで生まれた
イーグルスは「その”スピリッツ”は1969年以来きれています」と《ホテル・カリフォル
ニア》で歌った。
ブルース・スプリングスティーン。いまやアメリカを代表とする歌手となった彼の場合は
どうだったのだろうか。デビュー以来「ネクスト・ディラン」のレッテルを貼られながら
音楽活動を続けてきたスプリングスティーンがとった方法は、過去の偉大なロックに敬意
を払い、その自分の中に蓄積された”宝物”を自らのエネルギーに変え、作品として世に
送り出すことだった。スプリングティーンが「ネクスト・ディラン」のイメージを払拭す
べく、自らの中に蓄積されているロックン・ローラーとしての資質を最大限に引き出し、
アメリカを代表とする歌手になる最初の布石が1975年の第3作『ボーン・トゥ・ラン(邦
題:明日なき暴走)』である。

「僕は『ボーン・トゥ・ラン』で、ディランのような詩を書き、スペクターのようなサウ
ンドを創り、デュアン・エディのようなギターを弾き、オービソンのように歌おうと努力
したんだ」

ロイ・オービソンがロックの殿堂入りをした際にプレゼンターを務めた、スプリングステ
ィーンの言葉である。スプリングスティーンは、ジョン・レノンが射殺された際にも「ジ
ョンが《ツイスト・アンド・シャウト》を歌わなかったら、俺達はここにはいなかったん
だ」と、事あるごとにロックン・ロールの歴史を創り上げてきた先人達への泣かせるコメ
ントを言っているとおり、自分を形作ってきたそれまでのロックへの並々ならぬ愛情があ
る。「ネクスト・ディラン」のレッテルを貼られたロックに並々ならぬ愛情を持ったミュ
ージシャンが取るべき道は、自分の中にあるエネルギーを、ロックの先人達が残してきた
傑作に負けないくらい強烈にレコードに刻み込むことだったのだろう。数々のロックン・
ロール・クラシックに負けない強烈なエネルギーをアルバムに込めたい。そしてそれを具
現化するにはどうすればよいかを考えながら、アルバム制作を行ったのだろう。
その結果できあがったのは、時代を超えて後続のミュージシャンに影響を与えることにな
る見事なアルバムだった。しかしこのアルバムは、よく言われるようにスプリングスティ
ーンのバンドであるEストリート・バンドとのバンド・アルバムではない。もちろんサッ
クスのクラレンス・クレモンスを始めEストリート・バンドのメンバーの大きな協力は認
められるが、基本的にはスプリングスティーンが”おそらく一人でとりしきって納得いく
までやりたいようにやった作品”だ。スプリングスティーンが考えていたことは、偉大な
ロックン・ロール作品に負けないだけのクオリティをもった作品を創るということだけで
はないのか。スプリングスティーンは、日に日に高まっていくライヴへの評価から、ライ
ヴのエネルギーをアルバムに込めたいと考えていたらしい。ライヴ・レコーディングその
ものを検討していたと言われている。しかし結果としては、スタジオでオーヴァー・ダビ
ングにつぐオーヴァー・ダビングという手法がとられた。つまりスプリングスティーンが
望んだのはバンド・サウンドそのものではなく、ロックン・ロールの持つエネルギーその
ものだったのだと考えられる。それこそが、自分を熱狂させてきた数々のロックン・ロー
ル・クラシックのレコードに刻まれているサウンドだからだ。タイトル曲の《ボーン・ト
ゥ・ラン》だけでも、ギターが12回も重ねられたという。見過ごされがちだが、このアル
バムでのいくつものヴァリエーションで弾かれるスプリングティーンのギター演奏は見事
である。そのようなギターをはじめとする音の厚みは、《ビー・マイ・ベイビー》などの
ロックン・ロール・クラシックを数々手がけた才人フィル・スペクターの手法をヒントに
したものだろう。執拗なオーヴァー・ダビングに込められたエネルギーは、そのまま曲の
持つ力となったのだ。
そのようにして録音された『ボーン・トゥ・ラン』に収録曲は、スプリングティーンの身
体に染み付いている偉大な先人達のスピリットを通して、見事なまでにロックン・ロール
のエネルギーに満ち溢れている。アルバムに散りばめられた、ディラン、オービソン、バ
ディ・ホリー、デュアン・エディ、ストーンズ、モータウン、ヴァン・モリソン、ローラ
・ニーロ、ジョニ・ミッチェルといった人達への敬意。とくにタイトル・トラックの《ボ
ーン・トゥ・ラン》の終盤で、あの有名なイントロのメロディに重なってヴァン・モリソ
ンの名盤『アストラル・ウィーク』の《マダム・ジョージ》を模したコーラスが現れると
ころは感動的だ。《ミーティング・アクロス・ザ・リヴァー》では、『アストラル・ウィ
ーク』で重要な役割を果していたジャズ・ベーシストのリチャード・デイヴィスがベース
を弾いている。ベストは最後の《ジャングル・ランド》だろう。ポップで魅惑的なピアノ
に導かれ、荘厳なオルガンが入ってきて、バンドがロックン・ロールしはじめ、スプリン
グスティーンによる見事なギター・ソロのあと、クラレンスのサックスを合図に希望と力
に満ち溢れたバラードになるのだ。《レイラ》にも匹敵するような見事な展開。チャーリ
・カレロによるストリングス・アンサンブルの使い方も見事。まさにスプリングスティー
ンが「ディラン」を払拭し、ロックの歴史に名を刻んだ瞬間だ。ジャケットでは、その貢
献度を象徴するかのようにサックスのクラレンスにスプリングスティーンが肩をかけてい
る。そして”エレクトリック・ギターを抱えた”満足げなスプリングスティーンのギター
・ストラップには、エルヴィスの大きな缶バッチが付いているのである。
『 BORN TO RUN 』 ( BRUCE SPRINSTEEN )
cover

1.Thunder Road, 2.Tenth Avenue Freeze-Out, 3.Night, 4.Backstreets
5.Born to Run, 6.She's The One, 7.Meeting Across The River, 8.Jungleland

BRUCE SPRINSTEEN(vo,g,harmonica),
CLARENCE CLEMONS(sax),GARRY TALLENT(elb),MAX M.WEINBERG(ds),
ROY BITTAN(p,elp,harpsichord,glockenspiel,org,cho),
ERNEST "BOOM" CARTER(ds),DANNY FEDERICI(org),RICHARD DAVIS(b),
RANDY BRECKER(tp),MICHALE BRECKER(ts),DAVID SANBORN(bs),WAYNE ANDRE(tb),
MIKE APPEL(cho),STEVE VAN ZANDIT(cho)
STRINGS ARRNGEMENT AND CONDUCTED by CHALES CALELLO
Producer : Bruce Springsteen,John Landau And Mike Appel
Label : CBS
※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます