●儀式にも等しいマイルスの物凄いライヴ

1年に何回か、無性にマイルス・デイヴィスの音楽が聴きたくなる。エレクトリックを取
り入れてからのマイルスだ。音楽というものは、20歳くらいまでに聴きこんものが、その
人のその後の音楽的嗜好にもっとも影響を与えるらしい。確かにマイルスの音楽は、十代
のときに聴きこんだ。みんなが《サタディ・ナイト・フィーバー》で浮かれていたり、フ
ォーク・ギターでアリスの《チャンピオン》なんかを歌っていたときに、僕は毎日マイル
スのグループが創り出す音の塊にドップリとハマっていたのである。

それだけではない。マイルスのグループがジャズを超えたグループ表現を行っているのを
悟るや否や、友達(トランペッターを含む)とやっていたフォービート・ジャズ中心だっ
た音楽をストップし、それまで担当していたベースの座を友人に明け渡し、オルガンやエ
フェクター付きのシンセサイザーを取り入れて自分で弾きまくり、友人のトランペットに
まだアナログ・テープ式だったディレイとワウワウをかけ、それまで1人だったギタリス
トを2人にしてリフ一発およびサウンド中心の音楽をやり始めてしまったくらいである。
それくらい自分のやっていた音楽に決定的な影響を受けた。しかし、もし仮に現在初めて
マイルスの音楽に出会ったとしても、同じくらいの衝撃と音楽的影響を受けるのではない
かと思う。それくらいのパワーが、明らかにマイルスの音楽にはあると思っているのであ
る。

エレクトリック・マイルスとの出会いは友人の家で聴いた『ビッチェズ・ブリュー』だが
、決定的な影響を僕におよぼしたのは『マイルス・アット・フィルモア』というアルバム
だ。このアルバムは、マイルスがニューヨークにあったフィルモア・イーストに出演した
ときのライヴ・アルバムである。フィルモアで録音された傑作ライヴ・アルバムは、ジミ
・ヘンドリックス、オールマン・ブラザーズ・バンド、アレサ・フランクリンなど数多い
が、マイルスのこのアルバムはその中でも一番凄くて、一番好きで、一番良く聴いたアル
バムである。なにがイイのか。とにかく”カッコイイ”の一言につきる。マイルスは1970
年の6月17日の水曜日から土曜日まで4日間連続でフィルモアに出演した。LPレコー
ド時代のアルバムは、1面が1日のライヴで構成されており、それぞれ《ウェンズディ・
マイルス》から《サタディ・マイルス》と曲名がつけられている。この時代のマイルスは
、曲と曲の間に間をおかずに、1つのコンサートを1曲のように構成していた。そのため
ライヴで《ビッチェズ・ブリュー》を演奏しているからといって、最初から最後まで演奏
しているというわけではない。最近はロックの世界でも有名になってきた《ビッチェズ・
ブリュー》が入っているライヴ盤だと思って買うと、なんのこっちゃさっぱりわからんと
いう結果に終わる可能性もなくはない。あくまで片面1曲の世界で聴くのが、正しい聴き
方である。

しかし、そんなことはどーでもイイくらい、このアルバムの音楽は凄い。この世にこんな
音楽が存在しているということが、当時は信じられなかった(僕の知る限り、もっとも近
い音楽を発表しているグループは、《グルーヴィン》で有名なラスカルズだけである)。
なにが凄いって、エレピにリング・モジュレータをかましたチック・コリアと、オルガン
にワウワウとディストーション(たぶん)をかましているキース・ジャレットである。ミ
ックとキースではない。チックとキースですよ。お間違いのないように。この二人の(特
にキースの)音の放出力は尋常ではない。現在の”キース・ジャレット”しか知らない人
が聴いたら、ショックを受けるのではないか。チック・コリアも同様である。つまらない
エレクトリック・バンドなんぞやっている場合ではない。LPのA面をかざっていた”水
曜日”の最初、フィルモアのオーナーのビル・グレアムの”マァルス・デーヴィス”とい
うアナウンスにのって、チックが”ギョワワワーン”とくる。この殺気を見せてくれとい
っても、現在のチックに届くはずもない。チックが”ギョワワワーン”に続いて、すかさ
ずドラムスのジャック・ディジョネットがレコーディングしたときの倍の16ビートでドラ
ムスを叩き出す。当時も現在も、何回聴いても”カッコイイー”と思う瞬間だ。演奏の鍵
を握っているのは、リーダーのマイルスとベースのデイヴ・ホランドだ。この時期のマイ
ルスの音楽には、ベースのリフがものすごく重要なポジションを占めていた。逆にいえば
、曲のテーマ・メロディはあまり重要ではなかった。次々とかわるベース・リフのパター
ンにのせて、マイルスが吹きまくり、チックとキースが音を撒き散らし、ジャックが叩き
まくり、パーカッションのアイアートが周囲を飛び回るというのがマイルスがフィルモア
・イーストで創った音楽の全貌である。

ハイライトはやはり定説どおり”金曜日”だと思うが、僕が好きなのはスタンダード曲の
《アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥ・イージリー》が終わり、”パラパパラパパー”と
ウェイン・ショーターの傑作《サンクチュアリー》に入っていき、そのままどんどん演奏
が熱を孕んで最後に大爆発するところだ。それにしても、ホントに《サンクチュアリー》
は良い曲だなぁ。《ネフェルティティ》と並ぶ、ウェインのマイルス時代の傑作である。
”金曜日”以外では、”土曜日”の《ビッチェズ・ブリュー》も凄い演奏だ。マイルスの
ソロも熱い。マイルスには昔から『フォア・アンド・モア』と『マイ・ファニー・ヴァレ
ンタイン』や、『ライヴ・イーヴィル』のライブとスタジオに聴かれるような”静”と”
動”の神秘性があるが、そのマイルスの持つ音楽のミステリアスな部分がもっとも衝撃的
なかたちでパッケージされているのが『マイルス・アット・フィルモア』の各曜日の音楽
である。”静”のリリシズムと”動”の音楽のエネルギーの大放出を、どうぞ聴き逃さな
いように。サンタナが、この当時のマイルスの音楽を聴くのは神聖な儀式に等しかったと
いうようなことを確か発言していたと記憶しているが、そう言いたくなるのもよくわかる
音楽だ。心して聴こう。
『 MILES DAVIS AT FILLMORE 』 ( MILES DAVIS )
cover

1.Wednesday Miles,2.Thursday Miles,
3.Friday Miles, 4.Saturday Miles

MILES DAVIS(tp),
STEVE GROSSMAN(ts,ss),CHICK COREA(elp),KEITH JARETTE(org),
DAVE HOLLAND(elb),JACK DeJOHNETTE(ds),AIRTO MOREIRA(per)
Producer : Teo Macero
Label : Columbia
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