●ライブ・エイドで最も印象深いのは誰か?

Amazonに注文していた「ライブ・エイド」のDVDが届いた。
「ライブ・エイド」とは、1985年に行われた一大チャリティ・コンサートである。イギリ
スのウェンブリーと、アメリカのフィラデルフィアでのコンサートを中心に、全世界に同
時中継された。日本でも夜を通してテレビで放映された。この当時、音楽好きの大学生だ
った僕も、当然のことながらTVを観ていた。しかし中間部分を憶えていないところをみ
ると、おそらく眠っていたのだと思われる。観ていた部分の記憶については、何回か前に
書いた。今回のDVDは見逃した部分の演奏もさることながら、約20年前に行われたこの大
イヴェントの音楽が現在の自分にどのように響いてくるのかが一つの楽しみだ。
そしていよいよ全編を観てみた。結論を言ってしまえば、殆どのミュージシャンが、ライ
ヴ感溢れるステージを展開していた。現在の豪華にショー・アップされたコンサートでは
、もうなかなか聴けない音楽である。コンサートのきっかけとなった、ボブ・ゲルドフが
懸命に伝えるアフリカの状況は確かに悲惨なものだ。しかしその惨状と、音楽そのものが
伝えるものとは根本的には関係がない。コンサートに出演したミュージシャンは、アフリ
カの惨状を思いながらプレイしたのではないだろう。殆どのミュージシャンは、観に来て
くれた人達やテレビの前の全世界の人たちが楽しんでくれるようプレイしていたはずだ。
コンサートは世界に対して音楽の力でできることを示したが、それは60年代のウッドスト
ックも同じこと。音楽そのものは、チャリティというフィルターを通して聴くべきもので
はないし、チャリティというフィルターでは音楽そのものレベルを基本的には変えること
は出来ない。そのようなことも、あらためて感じたりもした。
順番に観ていくと、最初のほうのイギリス勢は好感がもてるパフォーマンスが多い。ステ
ィング、エルヴィス・コステロ、フィル・コリンズなど、ほとんど身ひとつだけで自分の
音楽を表現している。スティングと一緒のブランフォード・マーサリスのサックスも見事
だ。スタイル・カウンシルやシャーデーのような、パンク、ニュー・ウェイヴの波が過ぎ
た後の、ブラック・ミュージックをベースとした音楽も魅力的だ。そして僕が”カッコイ
イグルーヴだ”と感じたブライアン・フェリーのグループでは、そのグルーヴの源となっ
ているベーシストはなんとマーカス・ミラーであった。なるほど、なるほど、と納得。マ
ーカスは、ほんとうに色々な人とやっていたのね。U2のボノの観客を抱き上げるパフォ
ーマンスを観ているうちに、このあたりまでは確かに観ていたことを思い出す。そしてイ
ギリス勢のハイライトは、なんといってもクィーン。ウェンブリー・スタジアムが完全に
一つになっている。ギター、ベース、ドラムスという最小構成で、この音楽は凄い。これ
を憶えていなかったということは、やはり眠ってしまっていたのだろう。ザ・フーのパン
キッシュなステージもカッコイイ。でも短髪のロジャーを見て、なんとなくガッカリきた
のを思い出した。ドラムスのケニー・ジョーンズ(元フェイセズ)は善戦しているが、や
はりキースのあのドラミングならもっと凄いのになぁーなどと感慨にひたる。僕にとって
のフーは、やはりジョンのあのラウンド・ワウンド弦のベースとキースの突っ走りドラム
が欠かせない。そして最後のポール・マッカートニーの人気はやはり凄い。ビートルズ人
気の高さを思い知らされる。
アメリカ勢では、まずはビーチ・ボーイズ。昔のままのキーで《ウドゥント・ビー・ナイ
ス》を歌う好調そうなブライアンが見れたのは収穫。ただしビーチ・ボーイズとしての演
奏の出来は、今ひとつか。現在はブライアン・バンドの重鎮になっている。ジェフリー・
フォスケットがまだ痩せているのがなんとなく可笑しい。エクストラ・トラックで入って
いる不慮の事故で車椅子の人となっていたティディ・ペンタグラスとアシュフォード&シ
ンプソンの共演も良い。ティディは、このライヴ・エイドのほんの何年か前までは、ブラ
ック・ミュージックのセックス・シンボルのような存在だったのだ。車椅子で涙を流しな
がら歌うティディからは、いろいろなことを思わずにはいられない。後半に登場するエリ
ック・クラプトンのステージは意外に低調だ。ベースには、ブッカーT&MGsのドナル
ド・”ダック”・ダン、ドラムスはイギリスからコンコルドで駆けつけたフィル・コリン
ズという豪華メンバーなのにもったいない。この頃から90年くらいまでのクラプトンの音
は、なんとなく雑な感じがする。好みではない。そのあとのデュラン・デュランはイイ。
このバンドのベーシスト、ジョン・テイラーのベースが好きだったことを思い出した。彼
らも、アイドル・バンドから本物の音楽を演奏するバンドに生まれ変わろうとしている時
期だったのだ。そしてアメリカのハイライトは、ホール&オーツ・バンドがおくるモータ
ウン・レビューと、そのバンドをそっくり引き継いだミック・ジャガーのパフォーマンス
であろう。テンプスのエディ・ケンドリックスとデヴィッド・ラフィン(とりわけデヴィ
ッド)の素晴らしいこと。ダリル・ホールなんか、自分の曲よりも彼らとやれることが嬉
しくてたまらないといった様子だ。続いてホール&オーツ、おまけにテンプスの二人まで
コーラスに従えてしまったミック・ジャガー。さすがのパフォーマンスである。ローリン
グ・ストーンズを注意深く聴くと、モータウンからのただならぬ影響を聴き取ることがで
きるが、テンプスの2名を従えてミックはどんな気持ちだったのだろう。バックをまとめ
るホール&オーツ・バンドのG.E.スミス(ボブ・ディランの30周年コンサートの音楽
監督もやっていた)が、素晴らしい働きぶりである。そしてトリのディラン。《ホリス・
ブラウンのバラッド》と《船が入ってくるとき》という懐かしのナンバー(残念ながら未
収録)を歌い、《風に吹かれて》でしめる。キース・リチャーズのジャガジャガやってい
るだけかと思いきやきちんとメロディをなぞっているギターがグルーヴする。アコーステ
ィックなのに、ロックっぽい。途中でディランのギターにアクシデント(弦が切れた?)
が発生し、隣にいたロン・ウッドがすかさず自分のギターをディランに渡す。キースがカ
ヴァーして、そのまま演奏は続く。数々のライヴを経験してきたものどうしの、さすがの
連携プレーである。
しかし真のハイライトは、その後にあった。ディランの余韻も消えないまにライオネル・
リッチーが飛び出し、そのまま《ウィー・アー・ザ・ワールド》へ。前方にいたディラン
は、気恥ずかしさからか逃げるように後ろに下がる。ピーター、ポール&マリー、ジョー
ン・バエズ、ハリー・ベラフォンテといった60年代の公民権運動を支えた濃い顔ぶれが並
んでいる。その中で”オール・ナイト・ロング”な勢いで、美味しいところを全てもって
いくライオネル・リッチー。この瞬間、冒頭に収録されたアフリカの悲惨な状況を伝える
映像も、ホール&オーツやミック・ジャガーなどの数々の素晴らしい演奏も僕のなかでふ
っとんだ。お前は、24時間テレビの谷村新司か。だいたい名前からして、悲惨なアフリカ
に申し訳ないような名前ではないか。というように、いまはあまり聴けなくなってしまっ
たライヴ感溢れるパフォーマンスと、全てを吹き飛ばすライオネル・リッチーが印象に残
ったライヴ・エイドでありました。

『 LIVE AID 』
cover
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