●リリカルなテナー/ジョン・コルトレーン

現在、文筆家の中山康樹さん応援サイトで、”自分の音楽体験をもとにして、音楽につい
て考えてみる”といった内容の文章を隔週で連載させていただいている。人間が生きてい
くうえで必ずしも必要のない音楽というものが、なぜ僕達に感動や興奮をあたえてくれる
のかということを、自分の体験を通して考えてみようというものである。あっちこっちに
脱線しながら連載は進んでいるのだが、ようやく音楽体験の時期も中学から高校に入るく
らいの段階になってきた。その当時に僕が夢中になって聴いていたのが、ジョン・コルト
レーンというサックス奏者だ。音楽雑誌にのっていたコルトレーンの記事をきっかけに聴
き始めた僕は、たちまちコルトレーンの音楽に魅せられてしまった。どのように魅せられ
ていたのか具体的にいうと、まず日頃聴く音楽が、それまではロックやクロスオーバーだ
ったのがコルトレーンばかりになった。それに伴って、買うレコードもコルトレーンのも
のばかりとなっていったのである。我ながらよく飽きなかったものだと思うが、飽きさせ
ない何かがコルトレーンの音楽にはあったのだ。今になって考えてみると、それはコルト
レーンの音楽スタイルの変化にあったのだと思う。変化というよりも、コルトレーンの場
合は前進といったほうがしっくりとくるかもしれない。アルバム毎に違うスタイルを取り
入れて前に前にと進んでいくようなコルトレーンの音楽に、知らず知らずのうちに惹かれ
ていたのだろう。
なかでも好きだったアルバムは、『クレッセント』だ。コルトレーンの音楽は、契約して
いたレコード会社から大きく分けてプレスティジ期、アトランティック期、インパルス期
の3つの時期に分けられるのだが、『クレッセント』はインパルス期の傑作である。しか
しジャズの名盤辞典に掲載されるような、歴史的な傑作というわけではない。しかし現在
でも自然に手が伸びるアルバムは、この『クレッセント』なのである。コルトレーンを少
しでもかじったことがある人ならば、コルトレーンを取り巻く様々な形容(”怒りのテナ
ー・マン”とか”シーツ・オブ・サウンド”とかいろいろ)があることに次第に気がつく
だろう。しかし『クレッセント』のコルトレーンは、一言でいうとリリカルなのである。
ポール・デズモンドではない。コルトレーンがである。コルトレーンという人は、彼の書
いた名曲《ネイマ》を思い出してもらえばわかるとおり、確かにリリカルな一面を持って
いるミュージシャンなのだといえる。”ブヒ、バホ”吹きまくるだけが、コルトレーンで
はない。
インパルスには『バラード』や『デューク・エリントン・アンド・ジョン・コルトレーン
』といった人気盤があるが、コルトレーンを初めて聴く人にはぜひ『クレッセント』を薦
めたい。まず、曲が良い。とくに《ワイズ・ワン》は、敬虔な中にメランコリックな印象
を持つ名曲・名演だ。またタイトル曲の《クレッセント》と《ロニーズ・ラメント》もイ
イ。この3曲が入っているから『クレッセント』が、今でも大好きなのである。《ロニー
ズ・ラメント》なんて、あまりに好きなので、高校の吹奏楽部のテナー・サックスを借り
てカヴァーしてしまったくらいである。もちろん、テナー・サックスなんて吹いたことは
なかった。しかし、とにかく《ロニーズ・ラメント》を吹いてみたかったし、吹けそうな
気がしたのである(もちろん、そんな簡単なものではなかったが)。とにかくこの3曲は
、聴いているこちらに静かに語りかけてくるような静謐さがタマラナイのだ。この3曲で
コルトレーンが描く世界は、かつてマイルスのもとで演奏した《ブルー・イン・グリーン
》の世界を連想させる。他の曲は、明快なブルースの《ベッシーズ・ブルース》と、エル
ヴィン・ジョーンズのドラムスをフィーチャーしたエレジー《ザ・ドラム・シング》だが
、前にあげた3曲の印象が大きなこともあってアルバム全体は静かな印象だ。
そして大事なことなのだが、ブルーノート・レコードの録音で有名なエンジニアのルディ
・ヴァン・ゲルダーの録音がまた素晴らしいのである。アトランティック期のコルトレー
ンのアルバムは、少し立方体をイメージさせるような固い感じの音だが、インパルス期は
ヴァン・ゲルダーの見事な手腕により、ダイナミックな”ジャズ”を感じさせる音づくり
である。その中でも特に『クレッセント』は素晴らしいのだ。どんなに凄い演奏でも録音
状態がよくなければ魅力的に響かないこともあるが、ヴァン・ゲルダーの録音は素晴らし
い演奏を最良の形で提示してくれているようである。このアルバムのコルトレーンのテナ
ー・サックスは、実に魅力のある音色で響くのである。
このアルバムは、コルトレーンのアルバムの中では、あまり話題にのぼることがない。そ
のことが、本当にもったいない。このアルバムを知っていてコルトレーンを語るのと、知
らないでコルトレーンを語るのでは、語る深さが違ってくるのではないか。少なくとも僕
はそう思っているし、そのような音楽が含まれているアルバムだと密かに思っているので
ある。
『 Crescent 』 ( JOHN COLTRANE )
cover

1.Crescent, 2.Wise One, 3.Bessie's Blues
4.Lonnie's Lament, 5.The Drum Thing

JOHN COLTRANE(ts),McCOY TYNER(p),JIMMY GARRISON(b),
ELVIN JONES(ds)
Recorded : 27 April & 1 June, 1964
Producer : Bob Thiele
Label : Impluse
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