●スクリーン一杯に拡がるビートルズ

ここ数日は、『ブライアン・ウィルソン・プレゼンツ・スマイル』ばかり聴いている。何
度聴いてもあきない。このアルバムが出たことに熱くなりすぎているからではない。その
ような一時の熱病みたいなものであれば、少しすればあきてしまうだろう。このアルバム
の音楽は、そのような音楽ではない。ブライアン・ウィルソンが60年代に産み出した数々
の音楽と同様に、何年たっても色褪せる事のない音楽だ。音楽を演奏する喜び、ブライア
ンへの敬意、メンバー感の信頼感、そのようなものに彩られた音楽は、驚くほど活き活き
としている。そしてロックが本来もっている、グルーヴが存在している。まごうことなき
本物の音楽だ。だから何度聴いても飽きないのである。
しかし、一つこまったことがおきた。他の音楽を何も聴く気がしなくなってしまったので
ある。ディラン、マイルス、ビートルズ、ビーチ・ボーイズまで聴く気がおきない。ヤバ
イと思ってたまにかけてみるが、なんとなくボーッと聴いてしまい、結局はまた『ブライ
アン・ウィルソン・プレゼンツ・スマイル』ばかり聴いてしまう。このような状態が続い
たらマズイのではないか。いくら凄いアルバムだからといって、他の大好きなアルバムや
曲まで聴けなくなってしまうのは問題である。ということで、先日、気分転換に映画でも
観ることにした。
映画といってもハリウッド大作を観るわけではない。ビートルズの「ア・ハード・デイズ
・ナイト」だ。先ごろ、私の住んでいる埼玉県の「さいたま新都心」というところに、映
画館が併設されたショッピング・モールがオープンした。「さいたま新都心」は、ジョン
・レノン・ミュージアムもあり、ビートルズになにかとゆかりのある街を目指そうとして
いるのか。それは定かではないが、そこのオープニング記念でビートルズの最初の映画で
ある「ア・ハード・デイズ・ナイト」を上映したのである。映画がはじまるまでは、ショ
ッピング・モールの1階に飾られた元ミュージック・ライフのカメラマンの長谷部氏の写
真展をみて楽しむ。長谷部氏の写真は、ブートレッグ盤などにも使用されている。ミュー
ジック・ライフという雑誌はビートルズの来日近辺からほとんどおっかけというような取
材をしており、当時の星加編集長とコンビを組んでビートルズの取材をしていたのが長谷
部氏というわけである。したがってビートルズ最後のライヴ・コンサートとなったキャン
ドル・スティック・パークなどの歴史的な写真や、レコーディング・スタジオのビートル
ズの姿のような珍しい写真も多い。展示された写真の中には、ちょうど《フール・オン・
ザ・ヒル》をレコーディング中の珍しい写真が何点かあり眼をひいた。ピアノを弾くポー
ルのまわりに皆が集まっていて、本当にビートルズは仲が良さそうだと改めてほほえまし
く思った。
さて映画の方は、言わずと知れたビートルズの映画デビュー作。白黒作品である。映画館
の大画面で観るのは初めてだ。冒頭の駅のシーンから、ビートルズの魅力が画面一杯に弾
けとぶ。この映画では、”リンゴが役者としての評判を得て云々”というのが長年言われ
てきたことだが、改めて観てみるとジョンが一番印象に残る。きらきらした輝くばかりの
笑顔と、その裏に確実にあるふてぶてしいまでの不良少年の顔。アンソロジーでも、ジョ
ンは映画に興味津々だったという話がリンゴによって語られているが、実際ジョンはかな
りの熱演である。逆にポールは、いろいろやっているのにも関わらず、意外なにほど目立
たない。ポールがジョンと同じ存在感を示すのは、やはり演奏シーンである。
映画を観ると、この時代のビートルズをひっぱていたのはまぎれもなくジョンだったこと
がわかる。そして歌われるビートルズ・クラシックの数々。《ア・ハード・デイズ・ナイ
ト》、《アイ・シュッド・ハヴ・ノウン・ベター》、《イフ・アイ・フィール》、《アイ
ム・ハッピー・ジャスト・トゥ・ダンス・ウィズ・ユー》、《アンド・アイ・ラヴ・ハー
》、《テル・ミー・ホワイ》、《キャント・バイ・ミー・ラヴ》、そして永遠の《シー・
ラヴス・ユー》。どの曲もキラキラと輝いており、20歳台前半だったビートルズの才能と
若さが眩しい。映画の画面とともに大音量で聴くと、また格別な味わいがある。日本で初
めて上映された際には、映画館のスクリーンに女の子が飛びついたという伝説があるが、
そういう気持ちもよくわかる。とにかく「ア・ハード・デイズ・ナイト」は、ビートルズ
の魅力が一杯だ。もしまだ映画館で観たことのない人がいたら、ぜひ見てみる事をお薦め
する。ビデオでは味わえない、ビートルズの魅力がスクリーン一杯に拡がるばかりか、と
びだしてくる。帰りの車で迷うことなく聴いたのは、もちろんビートルズのアルバム『ア
・ハード・デイズ・ナイト』である。