ブライアン・ウィルソンが『スマイル』を再創造する!。そのようなニュースが飛び込ん できたのはいつのことだったか。ついに、この間からアマゾン等で予約が開始された。果 たして、どのような音楽を聴くことができるのだろうか。 ビーチ・ボーイズに『スマイル』という未発表アルバムがあることを知ったのは、1980年 代の終わりごろだったと記憶している。発表されていたら、ビートルズの『サージェント ・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を凌駕していたかも知れないというア ルバムである。ちょうど同じ頃世界に先行してCD発売された『ペット・サウンズ』に魅 了され続けていた僕は、『スマイル』というアルバムに大いに興味を持った。ビーチ・ボ ーイズの未発表アルバムは他にもあるのだが、僕に限らず多くの人が『スマイル』の幻影 を求めているのは、それが傑作アルバムの『ペット・サウンズ』に続くアルバムだからで あろう。こんな凄いアルバムの次は、どのような音楽が聴けたのだろうという期待感のよ うな感情である。しかしブライアンは『スマイル』の制作に頓挫し、自分の周りを取り巻 いていた様々な環境に翻弄されながら、少しずつ創造性を失っていった。『スマイル』を 放り出したビーチ・ボーイズは、ブラック・ジョークのような『スマイリー・スマイル』 を発表する。そのアルバム・ジャケットには、『スマイル』のジャケットに描かれたお店 が遠くに描かれていたが、そこに到達できる道は全く描かれていない。それでも期待感か ら『スマイリー・スマイル』を買ったが、”なんじゃこれ!”というアルバムである。2 枚のシングル、《グッド・ヴァイヴレーション》と《ヒーローズ・アンド・ヴィランズ》 でどうにかこうにかもっているようなアルバムだ。だから暫くして次々と発売された『ス マイル』関連のブートレグ、そして傑作ボックス・セットの『グッド・ヴァイヴレーショ ンズ/サーティー・イヤーズ・オブ・ザ・ビーチ・ボーイズ』に公式収録された『スマイ ル』の収録候補曲を聴いた時はぶっ飛んだ。『スマイル』収録候補といわれていた《ワン ダフル》も《ウィンド・チャイム》も、『スマイリー・スマイル』のヴァージョンよりは るかに良かったのである。つまりビーチ・ボーイズは、わざわざ変なヴァージョンを録音 しなおして『スマイリー・スマイル』に収録していたのだ。このことは全く理解できなか ったし、いまでも理解できていない。ブートレグや公式ボックス・セット、それに映像作 品の「アン・アメリカン・バンド」などで『スマイル』の収録曲に触れ、ますます興味が わいてきた。巷で”マイ・スマイル”作りが流行ったのもこの頃だ。アメリカのSF小説 「グリンプス」の主人公も特殊な能力で過去の世界に戻り、60年代のブライアン本人と『 スマイル』を創り上げようとする場面がでてくる。皆が『スマイル』の幻影を追いかけて いたのだ。 しかし『スマイル』は、完成されなかったアルバムである。イメージとしては、ところど ころ工事中で道が分断された高速道路の環状線のようなものだ。音楽は相互に関連してお り、できあがっていればその全てを知ることができたのだろうが、工事中でところどころ は道さえできていないようなアルバムなので全てを知ることは不可能なのだ。全てが存在 している(していた)のは、ブライアンの頭の中のみ。しかし想像する限り、ブライアン の頭の中にもおそらくは”全て”はなかったのではないかと想像する。ブライアンは、ブ ートレッグなどを聴く限り、現場のスタジオ・ミュージシャンとのコラボレーションで音 楽を完成させていくことも多かった。そのようなコラボレーション作業が途中で分断され た『スマイル』の音楽は、結局はどこにも存在しなかったのだと思う。ブライアンの頭の 中にあったと考えるのもまた幻影なのではないか。しかしそれでも、『スマイル』収録用 に録音された音楽は僕の胸を打つ。『スマイリー・スマイル』に収録されたどうでもいい ような音楽の中には存在しない”何か”が、明らかに存在しているのだ。だから聴いてい て怖くなる。純粋に畏怖心を感じてしまう、とてつもない音楽なのである。次回以降で、 『スマイル』の音楽と、その”何か”について考えてみたいと思う。