●エリック・ドルフィーについての考察(その4)

マルチ・リード奏者のエリック・ドルフィーに対して、4回に渡って考察を続けてきた。
他のミュージシャンに対してバランスを欠いた扱いになったのは、僕が20代の頃ドップリ
とハマッてしまったミュージシャンだったからだ。しかしよく考えて見ると、あの衝撃的
なバス・クラリネットのサウンドにシビれていたわけで、アルト・サックス奏者としての
エリックについてはよく聴いて(考えて)こなかったということに気がついたのである。
このあたりで、エリックについての自分なりの結論をださないといけないだろう。
結論を言うと、アルト・サックス奏者としてのエリックは独創的な語法と優れた技術を持
っていたのは間違いない。しかしアルト奏者としてだけでは、今日のような名声を獲得し
ていたのかは疑問である。アルト・サックスの独創的な語法をバス・クラリネットに置き
換えたときに、エリックは比類するもののない衝撃的なサウンドと表現方法を獲得したの
だと考える。少なくとも僕にとっては、バス・クラによる衝撃的なプレイゆえに忘れる事
のできないミュージシャンとなっているのだ。エリックのアルト奏者としてのプレイは、
残念なことにバス・クラの陰に隠れてしまったと考えざるをえない。繰り返すが、語法は
同じなのである(エリックのもう一つの主要楽器であるフルートは異なる)。その語法が
もっともサウンド的にフィットしたのが、バス・クラリネットだったということだろう。
では、そのユニークな語法はどこからきたのか。これがポイントとなる。そのヒントとな
ったのが、長年エリックのラスト・レコーディングとして愛されてきたアルバム『ラスト
・デイト』の1曲目に収録されたセロニアス・モンクの曲《エピストロフィー》である。
エリックが、同じアルト・サックス奏者のチャーリー・パーカーを崇拝し、そのプレイに
大きな影響を受けていたことは知られているが、パーカーの影響だけではエリックのよう
にレンジの広いファー・アウトとでもいうべき演奏方法にはならない。エリックの”どこ
か遠くに飛んでいってしまいそうな”ファー・アウトなプレイから連想するのは、セロニ
アス・モンクの音楽である。具体的にいうと、モンクの名盤『ブリリアント・コーナーズ
』のタイトル曲、同アルバムの2曲目に入っていた《バ・ルー・ボリヴァー・バ・ルース
・アー》、それに《クリス・クロス》や《ミステリオーソ》といった曲である。これらの
モンクの曲が持っている”アウトな感覚”に、エリックは大きな影響を受けていると感じ
るのである。そこにミンガスから学んだ緩急自在なプレイと、コルトレーンそしてオーネ
ットのエモーショナルなフィーリングがスパイスとなって、あの独創的なアルト・サック
スのプレイが誕生したのではないだろうか。フルートのプレイにはこの点はあまり感じら
れず、パーカーに代表されるビ・バップの影響と現代音楽の影響(およびプレイヤーとし
ての技術(奏法)的な興味)が感じられる。これらの広範囲な音楽的な要素の総体がエリ
ック・ドルフィーのプレイおよび作品であり、アルト・サックス奏者としてだけの視点で
捉えるのはそもそも間違っているのだ。
久しぶりに『ラスト・デイト』に耳を傾けよう。冒頭の《エピストロフィー》のバス・ク
ラの衝撃、そして小鳥と対話しているようなイントロから幽玄的なベースとの絡みに入っ
ていく《ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ》の素晴らしさ。このところ、”素
晴らしい”という言葉を使用して安易に音楽を褒めるのを止めようと思っていたのだが、
本当に素晴らしいのだから仕方が無い。ジャズというスタイルの音楽で、これより素晴ら
しいフルートのプレイは存在しない。昔、とある雑誌で作家の村上龍が、「こんなに素晴
らしいプレイをする人がいるならもうやる必要がないと思って、フルートを吹くのを止め
た」という主旨の話をしていたのを思い出す。やっぱりこのアルバムでも、アルトのプレ
イは陰に隠れてしまっている。でもエリックのアルバムとしては、そうなってしまうのは
仕方がない。ブルーノートのアルフレッド・ライオンだって、バス・クラの《ハット・ア
ンド・ベアード》(おっと、これもモンクのことを想定したオリジナルだった)をトップ
にもってきているではないか。アルト・サックス奏者ではなく、あくまでもマルチ・リー
ド奏者。それがエリック・ドルフィーである。
『 Last Date 』 ( ERIC DOLPHY )
cover

1.Epistrophy, 2.South Street Exit
3.The Madrig Speaks, The Panther Walks, 4.Hypochristmutreefuzz
5.You Don't Know What Love Is, 6.Miss Ann

ERIC DOLPHY(as,b_cl,fl),MISJA MENGELBERG(p),JACQUES SCHOLS(b),
HAN BENNINK(ds)
Recorded:2 June, 1964
Label:Lime Light
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