●エリック・ドルフィーについての考察(その3)

マルチ・リード奏者のエリック・ドルフィーが残した作品で、僕がもっともシビれている
のがジャズの名門ブルーノート・レーベルに残された『アウト・トゥ・ランチ』だ。この
アルバムこそ、エリックの残した最高の作品であると信じて疑わない。時々このアルバム
以外のエリックのアルバムを最高作に挙げる人もいるが、そのような人はエリックをよく
聴いていないか、あるいは自分に嘘をついているかのどちらかである。エリックの名演は
サイドマンとして参加したものも含めていろいろとあると思うが、最高傑作といえばこの
アルバムにトドメをさす。この『アウト・トゥ・ランチ』こそ、エリックが自らのアイデ
ィアを望みうる最高の形で具現化したものだったのだと思う。そこに収められた音楽は、
このアルバムでしか聴く事の出来ない真に独創的なものである。全てがエリックのオリジ
ナル作品だが、独創的なだけではなく4分の9拍子などの変拍子を使用した冒頭の《ハッ
ト・アンド・ベアード》のように演奏するには難しいと思われる曲が並んでいる。そのよ
うな複雑で独創的なオリジナル作品を忘れることのできないものにしているのは、参加メ
ンバーによる鮮烈なプレイである。なぜエリックは、このような傑作アルバムを作ること
ができたのだろうか。少し想像力を働かせてみることにしよう。

このアルバムは、ジャズの名門レーベルであるブルーノート・レベールで録音された。エ
リック・ドルフィー初のブルーノート録音である。当時のエリックは、チャールス・ミン
ガスやジョン・コルトレーンのグループでの演奏で、既にニューヨークでは有名な存在だ
った。常に無名の新人にチャンスを与えてきたブルーノートが、なぜこの時期になって既
に有名なエリックの録音(しかも1枚だけ)行ったのか昔から疑問だったのだ。しかも当
時のエリックは、他レーベルと契約を結んでいる身だった。アルバム・ジャケット裏に記
載されたライナー・ノーツに、”FMレコードの許可(好意)による”とはっきりと記さ
れている。そのようなレーベルの壁を超えてまで、プロデューサーのアルフレッド・ライ
オンはエリックを録音したのだ。何故なのか。アルフレッドにとっては、”この時期のエ
リック”を録音することに意味があった。そうでなければ、わざわざレーベルの壁を越え
て録音する必要などなかったはずである。アルフレッドを動かしたものは何か。それは、
エリックが当時やろうとしていた”新しい音楽”に他ならなかった(ハズだ)。
当時のブルーノートは、続々と”新しい波”が押し寄せていた。ハード・バップの黄金期
を飾ったミュージシャン達の録音の機会は少なくなり、より”黒さ”を感じさせるソウル
フルな音楽か、モードやフリーを取り入れた”新主流派”と呼ばれる音楽を演奏するミュ
ージシャン達の録音が多くなっていった。そのようなミュージシャン達の中には、エリッ
クが当時率いていたグループのメンバーもいたのである。ヴァイヴのボビー・ハッチャー
ソンとベースのリチャード・デイヴィスだ。そしてまた、当時まだ10代だったドラムスの
天才トニー・ウィリアムスも、”新主流派”を代表するミュージシャンの一人としてブル
ーノートの録音に頻繁に顔を出していた。デイヴィス、ハッチャーソン、ウィリアムスの
3人は、1963年春ごろからブルーノートのいくつかのセッションで顔を合わせている。こ
の3人が、『アウト・トゥ・ランチ』のリズム・セクションとなるのである。音楽の”新
しい波”を求めていたアルフレッドは、おそらくリチャード・デイヴィスあたりからエリ
ックのことを聞いたのではないだろうか。当時のエリックは、”自分の新しい音楽”を推
し進めたかったが、それを推し進めるだけの環境と経済面に恵まれていなかった。アルフ
レッドも同様に”新しい音楽”を求めていた。二人の求めている方向性は同じだったので
ある。エリックとアルフレッドの双方の求めていたことが、リチャード・デイヴィスやボ
ビー・ハッチャーソンにはわかっていたはずだ。自分と同じ音楽の方向性をもち、かつ恵
まれない環境にいたエリックに、アルフレッドが救いの手を差し伸べたことはおそらく間
違い無い。そしてエリックの音楽を発表することをアルフレッドに決意させたのが、何よ
りもエリックの作った曲ではなかったか。エリックの曲やプレイには、セロニアス・モン
クの影響がはっきりと聴き取れる。モンクはアルフレッドが発掘したミュージシャンだ。
エリックの曲には、モンクの曲をさらに発展させたような(それでいてモノマネではない
)斬新さがあった。アルフレッドは、エリックの音楽を絶対に録音したくなったはずだ。
その熱が、”いまこの音楽を残しておきたい”という思いが、アルフレッドにレーベルの
壁を越えさせた。そしてリハーサルにもギャラを払うというブルーノートのもとでなら、
エリックも心置きなくオリジナルを形にすることに専念できたのであろう。
そのような状況で録音されたと想像する音楽は、録音から40年たった2004年の現在でも、
驚くべき衝撃をもたらしてくれる。特に冒頭におかれた《ハット・アンド・ベアード》の
バス・クラリネットのサウンドは驚異的だ。このバス・クラリネットのサウンドは、比類
するものがない。しいて似たような音楽をあげるとすると、ジミ・ヘンドリックスのモン
タレーの《ワイルド・シング》の後半や、ウッドストックでの《アメリカ国歌》か。フリ
ーキーな騒音と紙一重のサウンドの奥から聴こえる、サウンドの美しさと大胆な絵画を思
わせる表現力。エリックのパフォーマンスとジミ・ヘンのパフォーマンスは、あい通じる
ところがある。
そして全編に渡る斬新なハッチャーソンのヴァイヴと、アブストラクトなトニー・ウィリ
アムスのドラムス。エリックも、初共演だったトニーのドラムスを注意して聴いて欲しい
という主旨のコメントを残している。そしてベースのリチャード・デイヴィスは、しっか
りと音楽の核となっている。レギュラー・グループのメンバー2人、特にデイヴィスの参
加こそが、このような複雑な音楽でもバラバラにならずにしっかりとした構成力をもつ音
楽となった要因だと思う。エリックの昔馴染みのフレディ・ハバードだけ少しソロの構成
力に弱い部分があるが、あとは全員満点以上のパフォーマンスだ。そして音楽は、あとに
も先にもこのアルバムにしか存在しない類の音楽である。未聴の人はいますぐ、既に持っ
ている人も棚からとりだし、この真に独創的な音楽を大音量で浴びよう。下手なロックな
ど、ふっとぶよ。
『 Out To Lunch 』 ( ERIC DOLPHY )
cover

1.Hat And Beard, 2.Something Sweet, Something Tender,
3.Gazzellioni, 4.Out To Lunch, 5.Straight Up And Down

ERIC DOLPHY(as,b_cl,fl),FREDDIE HUBBARD(tp),BOBBY HUTCHERSON(vib),
RICHARD DAVIS(b),ANTHONY WILLIAMS(ds)
Recorded:25 February, 1964
Producer:Alfred Lion
Label:Blue Note
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