●エリック・ドルフィーについての考察(その2)

前回の続きで、エリック・ドルフィーというマルチ・リード奏者(複数の木管楽器を演奏
する奏者)の音楽を追いながら、なにが今日のエリックの名声を築いたのかについて考え
てみたい。僕自身、エリックの音楽のどこに痺れたのかというと、鮮烈なバス・クラリネ
ット(以下、バス・クラとする)のサウンドだった。後にも先にも、バス・クラであのよ
うな鮮烈なサウンドを聴かせてくれたミュージシャンはいない。だからふと思ってしまっ
たのだ。もしエリックがアルト・サックスのみしか演奏しない奏者だったら、今日の彼に
対する評価はどうだったのだろうかと。また僕自身、エリックの音楽に惹かれることが、
果たしてあったのだろうかと。

前回は、エリックがプロのミュージシャンとして活動し始めてから約2年の活動を追って
きた。エリックが最初からマルチ・リード奏者として活動していたこと、多方面から注目
を集めるだけの音楽的技術と才能をデビュー当時から持っていたこと、チャールス・ミン
ガスやジョン・コルトレーンなどの創造性豊かなミュージシャンとの共演を行っていたこ
と(しかも重要な役割を担うメンバーとして参加していたこと)、ジョン・ルイスやガン
サー・シュラーといった”サード・ストリーム”系の音楽を追求していたミュージシャン
とも交流があったことなどが主なポイントか。つまりエリックはその音楽的な技術(読譜
力と演奏力の両方が秀でていたという)ゆえに様々なタイプのレコーディングに参加する
ことが出来、それらの多様な音楽を自らの中に吸収していったのだと思われる。トランペ
ッターのブッカー・リトルとの火の出るようなファイブ・スポットにおけるライヴ・セッ
ションをレコーディングした後、エリックは単身ヨーロッパに渡る。契約にもとづく演奏
旅行であったようだが、そこで記録されたライヴでは進化するエリックの音楽表現を聴く
事ができる。様々な音楽を吸収したエリックは、自己の”新しい音楽表現”を推し進めて
いた。そして、そのような自分が演奏している新しい音楽が、ヨーロッパでなら非難され
ることなく演奏できると考えていたのであろう。このことは、後に彼の運命をも決めてし
まうことになる。

ヨーロッパから戻ったエリックは、コルトレーンのライヴ・セッションに参加する。ニュ
ーヨークのヴィレッジ・ヴァンガードで数日に渡って行われたこのセッションは、レコー
ド会社を移籍したコルトレーンの初のライヴ・セッションであった。演奏は、様々なフォ
ーマットで行われた。当初正規発売されていたアルバムではエリック参加の曲が少なく、
その貢献度はよくわからなかった。しかし後年発掘されたアルバムにより、エリックがそ
の類稀な音楽的才能でコルトレーンの音楽の枠を拡大していることが確認できるようにな
った。とはいえ、このセッションの音楽はコルトレーンの音楽であり、エリックの役割は
、ハーモニーを付けたり鮮烈な即興演奏を加えているにすぎない。エリックの参加により
、コルトレーンのグループ表現はより大きくなったのは間違いないが、僕が痺れるエリッ
クの演奏はヴィレッジ・ヴァンガードでのコルトレーン・グループの演奏にはない。コル
トレーンにとっての大きな実験でもあったこのセッションは、当時の批評家達からは酷評
された。エリックとコルトレーンは弁明する機会を与えられはしたが、このことはエリッ
クのアメリカ音楽界に対する考え方に大きな影響を及ぼしたと推測される。しかしコルト
レーンとのセッションから、エリックはエモーショナルな音楽的創造と多様なフォーマッ
トでの演奏の可能性を学ぶことができたはずだ。エリック自身、以降の自らがリーダーと
なったレコーディングで、これまでの音楽的体験をまとめるようなセッションを行ってい
くのである。

その最初の大きな成果が、”カンバセイションズ・セッション”と呼ばれているものだ。
このセッションは、エリックが当時ニューヨークで組んでいたグループのメンバーを中心
として、志しを同じくしていたミュージシャンが集まって様々な楽器編成でレコーディン
グが行われている。それはまるで、エリックが今までに経験してきた音楽的体験から得た
ものを、様々な形式で示そうとしているかのようで興味深い。プロデューサーのアラン・
ダグラスが記したと思われるライナーによる”コマーシャルなものから極めて前衛的な”
多彩な音楽が並ぶ。編曲はおそらくエリック自身が行ったのだろう。このセッションで録
音された音楽の全てが、見事な構成力をもった演奏である。特に『ミンガス・プレゼンツ
・ミンガス』でのミンガスとの対話を思わせる、バス・クラを使ったベース奏者のリチャ
ード・デイヴィスとのデュオ《アローン・トゥゲザー》は印象深い。聴いていると、二人
の奏でる音楽の深遠な世界に引き込まれていってしまうかのようだ。そのサウンドは物凄
くエモーショナルかつ人間くさい。僕がエリックに痺れるのは、やはりこのバス・クラの
サウンドなのである。ファッツ・ウォーラーの曲《ジターバッグ・ワルツ》のフルート・
ソロも、物凄く技術的レベルの高い演奏だ。チコ・ハミルトンのグループでも聴かれたエ
リックのフルート演奏が、新しい表現領域に達しようとしているのがわかる。同じセッシ
ョンで聴けるプリンス・ラシャのフルートと比較すると、エリックの凄さが理解できるだ
ろう。

この時期、エリックの音楽的なアイディアは沸点を迎えようとしていたのではないだろう
か。当時のエリックに必要だったのは、自分の音楽的なアイディアを盛り込んだオリジナ
ル作品を発表できる場だった。しかし、そのような作品をレコーディングするには十分な
リハーサルを積む必要がある。エリックにはそれがわかっていたが、当時のエリックには
リハーサルを十分にこなせるだけの経済的な余裕はなかったのだろう。”自分の新しい音
楽”の可能性を認めてくれて、かつ本当にやりたい音楽を演奏するだけの十分なリハーサ
ル環境を認めてくれるレコード会社。エリックが求めていたのは、そのようなレコード会
社だったはずだ。そんなミュージシャンにとって夢のようなレコード会社が、”自分の新
しい音楽”を認めようとしないアメリカに存在するのだろうか。しかし、そのようなレコ
ード会社は存在したのである。(続く)
『 Conversations 』 ( ERIC DOLPHY )
cover

1.Jitterbug Waltz, 2.Music Matador, 3.Love Me, 4.Alone Together

ERIC DOLPHY(as,b_cl,fl),WOODY SHAW(tp),CLIFFORD JORDAN(ss),SONNY SIMMONS(as),
PRINCE LASHA(fl), BOBBY HUTCHERSON(vib),RICHARD DAVIS(b),EDDIE KAHN(b),
J.C.MOSES(ds),CHARLES MOFFETT(ds)
Recorded:May-Early June, 1963
Producer:Alan Douglas
Label:FM
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