●エリック・ドルフィーについての考察(その1)

エリック・ドルフィーというミュージシャンがいる。既に故人なので、”いた”というべ
きか。いわゆる”ジャズの偉人”に入るタイプの人だ。ドルフィーというだけで、熱くな
る人も多い。ドルフィーという名前に関連した店名を持つジャズ関連のお店が全国に多か
ったことからも、その人気のほどが伺いしれるだろう。かくいう僕も大好きなミュージシ
ャンである。現在はめったに聴かないが、10代から20代の頃はよく聴いた。特にアブスト
ラクトな中にも強烈な美を感じるバス・クラリネットのサウンドには心底痺れた。エリッ
クは、いわゆるマルチ・リード奏者なので、サックス、フルート、バス・クラリネットと
複数の木管楽器を演奏するのである。このマルチ・リード奏者というところも、カッコよ
かった。でも最近ふと思ったのである。何が今日のエリックの名声の要因となっているの
だろうかと。例えばもしエリックがサックスしか演奏しないミュージシャンだったら、今
日のような立場に置かれているのだろうかとふと考えてしまったのだ。

それには、なぜエリックが”ジャズの偉人”なのかということを一旦立ち止まって検証す
る必要がある。エリックの最も古いレコーディングは1940年代の終わりだが、有名になっ
たのは1958年にチコ・ハミルトンのグループに入ってからだろう。ニューポート・ジャズ
・フェスティバルを撮影した有名な「真夏の夜のジャズ」という映画に、エリックを含む
チコのグループが出てくる。ステージでの演奏場面ではないこともあり、映画全体の中で
はあまり印象に残る場面とはいえない。その中でエリックはフルートを演奏しているが、
存在感は希薄である。しかしこのチコのグループに参加した時点で、エリックは既に編曲
を行うことも可能な優れたミュージシャンだったそうである。ちなみに、後に一緒に演奏
する事になるジョン・コルトレーンとも、このグループにいるときに知り合っている。チ
コのグループを辞めたエリックは、古くからの知り合いのチャールス・ミンガスのグルー
プに加わった。このミンガスのグループでの演奏(特にバス・クラリネット)で、エリッ
クの名声は確立されたとされている。メンバーは流動的だったらしいが、トランペットの
テッド・カーソン、ベースのチャールス・ミンガス、ドラムスのダニー・リッチモンドは
固定的だった。このグループでの活躍によって、エリックの才能が多方面から注目を集め
ることとなったのである。またこの頃のエリックは、いわゆるスタジオ・ミュージシャン
的な仕事も多く(このような仕事が可能だったことが、エリックの音楽的技術の高さを物
語っている)、サミー・デイヴィス・Jrの歌伴までやっている。
ここまでの経歴で分かる事は、エリックが最初からマルチ・リード奏者として活動してい
たことと、多方面から注目を集めるだけの音楽的技術と才能を既にこの時点で持っていた
ことだ。しかしそれだけで今日のような名声を得たとは考えにくい。エリントン・バンド
の木管楽器のセクションに見られるように、複数のリード楽器を巧みに演奏するのはエリ
ックの専売特許ではない。ベニー・ゴルソンやウェイン・ショーターなど、リード奏者で
編曲も出来るミュージシャンだって少なくない。もう少し経歴と音楽を考えてみる必要が
ありそうだ。
ミンガス・グループで注目を集めたエリックは、自らのリーダー・アルバムを吹き込む傍
ら、数々のサイドメンとしての仕事も行っている。ジョン・ルイス、オリヴァー・ネルソ
ン、ガンサー・シュラー、ジョージ・ラッセルなど、新しいジャズの潮流を創りだそうと
していた錚々たる顔ぶれが並ぶ。また二つのラテン・ジャズ・クインテットとの仕事も興
味深い(名前の割には、演奏はラテンぽくない)。そしてオーネット・コールマンの『フ
リー・ジャズ』、ミンガスの『ミンガス・プレゼンツ・ミンガス』、ジョン・コルトレー
ンの『アフリカ/ブラス』などのエポック・メイキングなアルバムへの参加へと続く。こ
れらの活動の幅は、エリックの名声に一役買った可能性もあるように思う。しかし重要な
のは、これらの幅広いスタイルの音楽を”自らのリーダー・アルバムと並行して”エリッ
クが実際に演奏していたという事実である。リーダー・アルバムにおいて自己の作品を発
表しようとしていたミュージシャンが、他の進歩的な考えを持ったミュージシャンの音楽
から何も影響を受けないなどということは考えづらい。これらの活動の結果、エリックの
表現に対する考え方とその実現方法は飛躍的に増したのではないか。
これらの活動に続くのが、ブッカー・リトルとの”熱い演奏”が繰り広げられるファイヴ
・スポットのライヴである。その緊張感溢れた”熱い演奏”とは裏腹に、当時の批評家筋
の受けは良くなかったらしい。この時の演奏は、数枚のアルバムに分散して発表された。
もっとも良いのはヴォリューム1で、ハード・バップ・スタイルの《ビー・ヴァンプ》な
んかもエリックがバス・クラリネットを使用している部分は斬新なサウンドである。しか
しこのアルバムで凄いのは、アルト・サックスで演奏した《ファイアー・ワルツ》だ。ピ
アニストのマル・ウォルドロン作の、エリックにピッタリの緊張感溢れる曲である。マル
は《レフト・アローン》や《キャッツ・ウォーク》だけではないのだ。この曲でのエリッ
クの演奏は、チャーリー・パーカーのフレージングを思わせるが特徴的な広い音域を使用
した見事な出来映えである。ブッカー・リトルも”熱さ”が迸っている。この《ファイア
ー・ワルツ》のパフォーマンスだけで、エリックがジャズの歴史に残った可能性は十分あ
り得る。ということは、エリックはアルト・サックスだけでも十分に”ジャズの偉人”と
なったのか。しかし結論を出すのはまだ早い。エリックの残した音楽は、これだけで終わ
らないからだ。もう少し、その経歴と音楽を追ってみよう。
『 Eric Dolphy At The Five Spot 』 ( ERIC DOLPHY )
cover

1.Fire Waltz, 2.Bee Vamp, 3.The Prophet, 
+ Bonus Track 
4.Bee Vamp (Alternate Take)

ERIC DOLPHY(as,b_cl),BOOKER LITTLE(tp),MAL WALDRON(p),
RICHARD DAVIS(b),EDDIE BLACKWELL(ds)
Recorded:July 16, 1961
Label:Prestige / New Jazz
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