●ソウル・ミュージックの素晴らしさ14:天才スティーヴィーの溢れ出る才能

うららかな春にサム・クックを聴きなおしてから、ソウル・ミュージックについてあれこ
れと書いてきた。14回目となる今回で、一区切りをつけたいと思っている。その締めくく
りは、天才スティーヴィー・ワンダーが1976年に発表したアルバム『ソングス・イン・ザ
・キー・オブ・ライフ』にしよう。このアルバムは、リアル・タイムでアナログ盤で購入
した。昔も今も、そのヴォリューム感には圧倒される。なにしろLP2枚組に、ボーナス
としてEP盤が1枚付いていたのである。そのような形態での発売というのは、当時とし
ても画期的であった。さらに圧倒されたのは、収録された音楽のヴァラエティの豊かさで
ある。才能のないミュージシャンならば、駄曲の一つや二つは入っているものだ。しかし
このアルバムは違う。これだけのヴォリュームの作品なのに、駄曲あるいは欠点はみつか
らないのである。それどころか、オリジナリティ溢れる作品が並んでいたのである。

初めて聴いたときの印象は、まるで音楽図鑑を聴いているような感じだった。伝えられる
ところによると、スティーヴィーが『ソングス・イン・ザ・キー・オブ・ライフ』のため
に用意したオリジナル曲は、ゆうに300曲を超えていたらしい。それらの中から絞りに
絞りこんで、最終的に21曲としたのだという。そしてそれらの曲は、スティーヴィー自身
が納得のいくまで仕上げが行われたらしい。その結果、オリジナリティ溢れる高いレベル
の曲がアルバムに並ぶこととなったのである。《ラブズ・イン・ニード・オブ・ラヴ・ト
ゥデイ》や《ノックス・ミー・オフ・マイ・フィート》(ブックレットの歌詞カードが、
階段のようになっているのが楽しかった)のような美しいバラード、《アイ・ウィッシュ
》や《ハヴ・ア・トーク・ウィズ・ゴッド》のようなファンキーな曲、《コンチュージョ
ン》のような当時最先端だったクロスオーヴァー・ミュージックまで圧倒的であった。

代表的な曲を1曲あげるとすれば、やはり《サー・デューク》であろう。この曲は、”そ
の音楽的功績に対して、栄誉を与えられて当然の人達”に対するスティーヴィーからの音
楽の捧げものである。歌詞には曲のタイトルになっているデューク・エリントンを始め、
カウント・ベイシー、サッチモ(ルイ・アームストロング)、エラ・フィッツジェラルド
などの名前が登場する。これらの人達が演奏していたジャンプ・ブルースやジャズの伝統
を踏まえたうえで、スティーヴィーはオリジナリティ溢れる曲想を創り上げたのである。
とくに全ての楽器がユニゾンで合奏するインストゥルメンタル・ブレイクの部分は、ゾク
ゾクするくらい素晴らしい。このブレイクの部分だけでも、天才的な閃きを感じる。現在
もCMなどで使用されているが、発表されてから色々なミュージシャン達にカヴァーされ
ている名曲である。

本当にアルバムに収録された曲のヴァラエティの豊富さは驚くばかりであった。そしてい
くつかの曲でみられる、色彩感豊かな歌詞にまた感嘆した。スティーヴィーはご存知のと
おり眼が不自由であるが、眼が見える人でもこれだけの歌詞を書くことは困難だろう。こ
れらの曲からは、スティーヴィーのソングライターとしての才能をひしひしと感じるので
ある。そしてまたこのアルバムでは、スティーヴィーはミュージシャンとしても驚くべき
才能を披露している。いくつかの曲は、全ての演奏をスティーヴィーが担当している。キ
ーボードやドラムスはもちろんだが、シンセサイザーを駆使してベースやストリングスの
サウンドも創っている。今でこそ打ち込みで何でも出来てしまうが、この当時はシンセサ
イザーをここまでオリジナリティ豊かなサウンドで使用した人はいなかったのである。と
くにシンセ・ベースの音作りは驚異的であった。

このような音作りを可能にしたのが、スティーヴィーが”夢の機械”と呼んだヤマハ製の
シンセサイザーである。当時のシンセサイザーといえば、まだ単音しかでないモノフォニ
ックが普通の時代だ。スティーヴィーは長い時間をかけて、制限がまだ多かった当時のシ
ンセサイザーから納得のいくサウンドを創りだしたのである。そしてお得意のハーモニカ
・ソロは、名曲《イズント・シー・ラヴリー》やボーナスEPのクロージング曲の《イー
ジー・ゴーイン・イブニング》などでたっぷりと聴ける。先に紹介した《サー・デューク
》や《コンチュージョン》は、ミュージシャンとしての高い能力がないと演奏できないタ
イプの曲なので、その演奏にもただただ圧倒された。『ソングス・イン・ザ・キー・オブ
・ライフ』は、どこをとってもスティーヴィーの圧倒的な音楽的才能の塊りが飛び出して
くるのである。

それらの塊りは、紛れも無くスティーヴィー・ワンダーという天才ミュージシャンが創り
あげた音楽なのである。しかしその中には、《ブラック・マン》、《アズ》、《アナザー
・スター》などに聴けるように確実にソウル・ミュージックならではのグルーヴ感とフィ
ーリングが存在しているのである。そのような圧倒的な音楽が眼一杯詰め込まれたアルバ
ム『ソングス・イン・ザ・キー・オブ・ライフ』は、スティーヴィー・ワンダーというミ
ュージシャンのピークを捉えた最高傑作アルバムである。同時にソウル・ミュージックが
最終的に到達したひとつの金字塔でもあると思う。これ以降は、ディスコ・ブームによっ
てプロデューサー主体の音楽は商業主義と切っても切れないものとなり、スティーヴィー
のようにアーティストが主体となったブラック・ミュージックは、愛すべきソウル・ミュ
ージックとは異なるテイストに変わっていったのである。
『 Songs in the Key of Life 』 ( STEVIE WONDER )
cover

Disk1
1.Love's in need of love today, 2.Have a talk with God
3.Village ghetto land, 4.Confusion, 5.Sir Duke, 6.I wish
7.Knocks me off my feet, 8.Pastime paradise, 9.Summer soft, 10.Ordinary pain
Disk2
1.Isn't she lovely, 2.Joy inside my tears, 3.Black man
4.Ngiculela - Es una historia -I am singing, 5.If it's magic, 6.As
7.Another star, 8.Saturn, 9.Ebony eyes, 10.All day sucker
11.Easy goin' evening (My Mama's call)

Stevie Wonder (vo,p,elp,syn,ds)
Producers:Stevie Wonder
Label:Motown
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