70年代のヒット・チャートを賑わしたソウル・ミュージックは、フィリー・ソウルだけで はない。きらびやかなフィラデルフィアのサウンドとは対照的に、独特のグルーヴ感溢れ るソウル・フィーリングを持っていた音楽が、ハイ・レコードから出ていたアル・グリー ンの数々のヒット曲である。ソウル・ミュージックに関して書かれたものを見ると、アル の音楽についての評価は熱狂的なものが多い。しかし正直言うと、僕自身はそれほど熱狂 的ではない。一つ一つの曲は決して嫌いではないのだが、続けて聴くと飽きるのだ。ヒッ ト曲にしても、曲調が似通っているせいか、悪く言うとワン・パターンの感を免れない。 それでもアルの音楽を取り上げるのは、ひとえにそのサウンドが素晴らしいからである。 アル・グリーンの音楽を聴くということは、彼のヴォーカル・パフォーマンスを含めたサ ウンド全体を聴く事に他ならないのである。 そのサウンドの重要な立役者は、アルの他に2名いる。メンフィスにあったハイ・レコー ドの副社長でプロデューサーおよびエンジニアも務めるウィリー・ミッチェル、およびス タックス・レーベルのハウス・バンドであるブッカー・T&MGsのドラマーだったアル ・ジャクソンJrである。彼らの創り上げたサウンドは、60年代の熱狂的なソウル・ミュ ージックとは異なったナチュラルなサウンドだった。きらびやかなフィリー・ソウルのサ ウンドとも、ポップなモータウンのサウンドとも異なったものである。このナチュラルな 質感を持ったサウンドは、実に強力かつセクシーなグルーヴ感を持っていた。同じメンフ ィスのサウンドでも、オーティス・レディングやサム&デイヴなどの60年代スタックスの 熱狂的ともいえるサウンドとは全く違うのである。ドラマーは同じ人なのに、実に不思議 である。 そのサウンドの中で目立つのは、なんといっても打楽器系リズム陣である。とくにドラム スとコンガの見事なコンビネーション。ハイ・レコードのサウンドは、この打楽器系のミ ュージシャンの創り出すリズムのグルーヴが要なのである。これらのリズム隊が、見事な ミキシングによって、ヴォーカルと同じくらいの存在感を持ってせまってくるのである。 これが、ハイ・レコードの持つセクシーなグルーヴ感の秘密なのである。この個性的でセ クシーなサウンドが、世の中の多くのソウル・ミュージック・ファンを虜にしてしまった のである。このリズムを特徴としたサウンドのため、ハイのサウンドは一聴してわかるよ うなサウンドとなった。それでは、なぜハイ・レコードのサウンドは、このような個性を 持つことができたのであろうか。 アル・グリーンは、ウィリー・ミッチェルとの出会いが縁となってハイ・レコードと契約 することとなった。ハイ・レコードと契約する前までは、高校時代の仲間と作ったグルー プでR&Bチャートでの小さなヒットが一つあったにすぎない。しかしプロデューサーで もあったミッチェルは、アルの声に感動したらしい。そして彼をハイ・レコードにスカウ トした。ミッチェルはアルの声に感動はしたものの、アルをどう売り出してよいかわから なかったようだ。最初にハイから出したアルバムは、そんなミッチェルとアルの模索段階 のアルバムと考えられる。曲目には、ガーシュインからビートルズまでいろいろなカヴァ ーがならんでいる。つまりミッチェルは、アルの声にもっともふさわしいタイプの曲とサ ウンドを探していたと考えられる。 セカンド・アルバムの『ゲッツ・ネクスト・トゥ・ユー』も、アルバム・タイトルにもな っているテンプテーションズの《アイ・キャント・ゲット・ネクスト・トゥ・ユー》のハ ードなカヴァーを含むものだった。しかし、このアルバムから《タイアード・オブ・ビー イング・アローン(邦題:悲しきひとり暮し)》というヒットが生まれるのである。ミデ ィアム・テンポのこの曲は、エモーショナルなアルのヴォーカルと、それをしっかりと支 えるどっしりとしたリズムが印象的な曲であった。プロデューサーのミッチェルは、おそ らくこのサウンドを継承し発展させていこうと考えた。この曲の持っていたフィーリング を大事にして、より気持ちの良いグルーヴを創りだしていったのではないかと思うのであ る。自らアルと一緒に曲作りを行い、エモーショナルでセクシーなアルのヴォーカルが映 えるタイプの曲を考えていったように思う。 そこにドラマーのアル・ジャクソンJrが、アルのヴォーカルも含めたサウンドがもっと もグルーヴするような気持ちの良いリズムを創り出す。そのようにして数々のヒット曲が 作られていったのではないかと想像するのである。このグルーヴ感を最も大事にする作り 方というのは、昨今のハウス系の音楽に直結するものがある。リズムのグルーヴ作りに貢 献したアル・ジャクソンJrの名前は、アル、ミッチェルと並んで曲の作者としてクレジ ットされているが、そのクレジットに十分値する仕事ぶりだと思う。そしてミッチェルは 、より深いグルーヴ感を得るために思い切ってミキシングでこれらの打楽器を強調したの だろう。その結果、打楽器類はヴォーカルと同様に目立つものとなった。なんてことのな い楽器編成のハイ・レコードのサウンドがなんとも言えずに気持ち良いグルーヴ感を醸し 出しているのは、ひたすらそのグルーヴ感を追及していることにあると思う。 それが良くも悪くもワン・パターンになってしまった原因ではあるが、ワン・パターンで はあっても、絶妙としか言いようのないセクシーなグルーヴ感を持っているのである。ア ルの音楽を聴いていると、似たような次の曲に移ってグルーヴが分断されるよりも、その グルーヴをずっと続けて欲しいといつも思う。だからアルを聴くとしたら1曲でもよいの である。その1曲を繰り返し聴くことを薦める。やはりベストは、ベタではあるが1971年 の大ヒット曲の《レッツ・ステイ・トゥゲザー》だろう。タランティーノの映画「パルプ ・フィクション」で使用され、アル再評価のきっかけになった曲である。フェード・アウ トしていってしまうときに、「もっと続いて欲しい」といつも思う曲だ。ヴォーカルを含 めたグルーヴがじわじわ熱くなっていき、タマラナイ状態になっていくのである。このグ ルーヴ感が永遠に続いてくれれば、もうそれだけでいいのである。