70年代初頭のソウル・ミュージックの中でひときわ目立つスタイルが、フィリー・ソウル と呼ばれているものだ。このスタイルは、一端虜になると抜け出せないくらい魅力的なも のなのである。その特徴を一言でいうと、魅惑的なアレンジ(特にストリングス)、ダン スにもってこいのリズム(チーク・タイム含む)、優れた楽曲の3点である。僕の個人的 なイメージ(体験を含む)でいうと、ミラーボール輝くディスコに鳴り響くサウンドであ る。ロマンティックで官能的で華やかなサウンドだ。代表曲をいくつかあげてみると、例 えばMFSBの1974年の大ヒット曲《T.S.O.P(ザ・サウンド・オブ・フィラデル フィア)》。70年代に日本でもTV放映を行っていた「ソウル・トレイン」のテーマ曲で ある。タモリが自分のTV番組で「ソウブ・トレイン」(関東地方の人しかわからないか な)というパロディ・コーナーをやっていたっけ。 まだある。スリー・ディグリーズの同じく1974年の大ヒット《ホウェン・ウィル・アイ ・シー・ユー・アゲイン(邦題:天使のささやき)》。日本で行われた東京音楽祭で彼女 達がグランプリをとったこともあったせいか、日本でもかなりヒットした記憶がある。桜 田淳子やキャンディーズといった当時のアイドル達も、ステージなどでよくこの曲を歌っ ていたっけ。そしてチーク系としては、ハロルド・メルヴィン&ブルーノーツの《イフ・ ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ(邦題:二人の絆)》。ワルツ・テンポで歌われ るこのバラードは、まさに上記の特徴の代表のような曲だ。わけもわからず結婚式などで 使用されることも多い。おそらくこれらの代表的な曲は、さほど音楽に関心の無い人でも きっとどこかで耳にしたことがあると思う。曲名だけではわからないかも知れないが、一 聴すると「あ、聞いたことある!」って思うに違いない。 これらのレコードは、全てフィラデルフィア・インターナショナルというレーベルで制作 されたものである。プロデューサーかつソングライターのケニー・ギャンブルと、フィル ・スペクター等のセッション・ピアニストだったリオン・ハフが立ち上げたレーベルであ る。二人は”ギャンブル&ハフ”というソングライター・チームとしても有名で、上記の 3曲は全て彼らの作品だ。日本でもポピュラーなこれらの楽曲を創り出したということだ けでも、彼らが優秀なソングライターおよび制作チームであったことがわかる。これらの フィリー・ソウルと呼ばれる音楽は、60年代に隆盛を極めたモータウンやスタックスと入 れ替わるように出てきた。この煌びやかな輝くようなサウンドが特徴のフィリー・ソウル は、プロデューサー主体で制作されたソウル・ミュージックの最後の輝きのようにも思え るのである。 ギャンブル&ハフと並んでもう一人フィリー・ソウルで重要な役割を演じたのが、アレン ジャーのトム・ベルという人だ。プロデューサーとしても有能な人で、関わった仕事とし ては、山下達郎のカヴァーで知られているデルフォニクスの《ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ ラヴ・ユー(邦題:ララは愛の言葉)》などが有名である。ギャンブル&ハフのケニー・ ギャンブルとは同じグループにいたことがあり、その関係でフィラデルフィア・インター ナショナルが立ち上がるとアレンジャーとしてサウンドの立役者となった。同時に他のレ ーベルで自ら制作者となり、数々のヒットを創ったのである。このトム・ベルが関わった 代表的なグループが、スタイリスティックスとスピナーズである。代表的なものをあげて みると、例えばスタイリスティックスのナンバーで、僕の大好きなギタリストのグラント ・グリーンやプリンスもカヴァーした《ベッカ・バイ・ゴーリー・ワウ》がある。 そしてスピナーズである。ギャンブル&ハフ直下のフィラデルフィア・インターナショナ ルのサウンドと、微妙に異なった作り方にしているのがうまい。ミュージシャン達の実際 の演奏のグルーヴ感を、上手く活かしたアレンジを行っているのである。そして楽曲がま たポップで良い曲なのだ。モータウンやスタックスのハウス・バンドを中心とした音づく りを思い起こさせる。70年代後半のディスコ全盛の時代になってくると、フィリー・ソウ ルまではあったそのような良い要素が、殆どのソウル・ミュージックから消えていってし まう。今年の5月にこのエッセイで書いたサム・クックから順に追ってソウル・ミュージ ックを聴いていると、それがよくわかる。ということで魅惑のフィリー・ソウルは紹介し だすと後がつきないが、今回はあまり日本ではメジャーでないと思われるこのスピナーズ に的を絞って紹介することにしよう。 スピナーズは、60年代はモータウンにいたグループである。しかしモータウンの制作シス テムでは、全く鳴かず飛ばずであった。そのモータウン時代の唯一のヒットが、スティー ヴィー・ワンダーが曲を提供して、ピアノ、ベース、ドラムと演奏面でも全面的に協力し た《イッツ・ア・シェイム》である。これがまた、素場らしいイイ曲なのである。この曲 のヒットの後にモータウンを離れ、そしてトム・ベルと組んだことで大ヒットを連発する ようになるのである。日本での知名度は今回このエッセイで触れたグループの中で一番低 いかもしれないが、クロスオーヴァー・ヒット(ブラックと全米の双方でのヒット)の曲 の数は実は一番多いのである。そんな彼らのヒット曲は、ソウル・ミュージックを聴くと きの定石である、モータウン時代の《イッツ・ア・シェイム》も入ったお徳用ベスト盤を 聴くことで堪能できるのである。 CMで使用されている(彼らのヴァージョンではない)《クドゥ・イット・ビー・アイム ・フォーリン・ラヴ(邦題:フィラデルフィアより愛をこめて)》と《アイル・ビー・ア ラウンド》。これがスピナーズの2大名曲である。この2曲のためだけにベスト盤を買っ ても、決して損はしない。魅惑のアレンジ、ダンスしたくなるリズム、素晴らしい楽曲と 、フィリー・ソウルの3つの特徴が揃った大名曲である。ジャンルを問わず音楽ファンな らば、聴いておかないと損をするタイプの曲だ。そして締めが、サム・クックの《キュー ピッド》のダンス・ヴァージョン。ソウル・ミュージックの伝統が脈々と流れているのが 嬉しい。ジャケットだけ見ると「すわっ、内山田洋とクールファイヴか!」と一瞬怯む。 しかし、おそれずに買おう。スピナーズのヒット曲の数々によって、ポップでロマンティ ックで魅惑的なフィリー・ソウルの魔法にかかってしまうこと間違いなしである。