●ソウル・ミュージックの素晴らしさ12:魅惑のフィリー・ソウル

70年代初頭のソウル・ミュージックの中でひときわ目立つスタイルが、フィリー・ソウル
と呼ばれているものだ。このスタイルは、一端虜になると抜け出せないくらい魅力的なも
のなのである。その特徴を一言でいうと、魅惑的なアレンジ(特にストリングス)、ダン
スにもってこいのリズム(チーク・タイム含む)、優れた楽曲の3点である。僕の個人的
なイメージ(体験を含む)でいうと、ミラーボール輝くディスコに鳴り響くサウンドであ
る。ロマンティックで官能的で華やかなサウンドだ。代表曲をいくつかあげてみると、例
えばMFSBの1974年の大ヒット曲《T.S.O.P(ザ・サウンド・オブ・フィラデル
フィア)》。70年代に日本でもTV放映を行っていた「ソウル・トレイン」のテーマ曲で
ある。タモリが自分のTV番組で「ソウブ・トレイン」(関東地方の人しかわからないか
な)というパロディ・コーナーをやっていたっけ。

まだある。スリー・ディグリーズの同じく1974年の大ヒット《ホウェン・ウィル・アイ
・シー・ユー・アゲイン(邦題:天使のささやき)》。日本で行われた東京音楽祭で彼女
達がグランプリをとったこともあったせいか、日本でもかなりヒットした記憶がある。桜
田淳子やキャンディーズといった当時のアイドル達も、ステージなどでよくこの曲を歌っ
ていたっけ。そしてチーク系としては、ハロルド・メルヴィン&ブルーノーツの《イフ・
ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ(邦題:二人の絆)》。ワルツ・テンポで歌われ
るこのバラードは、まさに上記の特徴の代表のような曲だ。わけもわからず結婚式などで
使用されることも多い。おそらくこれらの代表的な曲は、さほど音楽に関心の無い人でも
きっとどこかで耳にしたことがあると思う。曲名だけではわからないかも知れないが、一
聴すると「あ、聞いたことある!」って思うに違いない。

これらのレコードは、全てフィラデルフィア・インターナショナルというレーベルで制作
されたものである。プロデューサーかつソングライターのケニー・ギャンブルと、フィル
・スペクター等のセッション・ピアニストだったリオン・ハフが立ち上げたレーベルであ
る。二人は”ギャンブル&ハフ”というソングライター・チームとしても有名で、上記の
3曲は全て彼らの作品だ。日本でもポピュラーなこれらの楽曲を創り出したということだ
けでも、彼らが優秀なソングライターおよび制作チームであったことがわかる。これらの
フィリー・ソウルと呼ばれる音楽は、60年代に隆盛を極めたモータウンやスタックスと入
れ替わるように出てきた。この煌びやかな輝くようなサウンドが特徴のフィリー・ソウル
は、プロデューサー主体で制作されたソウル・ミュージックの最後の輝きのようにも思え
るのである。

ギャンブル&ハフと並んでもう一人フィリー・ソウルで重要な役割を演じたのが、アレン
ジャーのトム・ベルという人だ。プロデューサーとしても有能な人で、関わった仕事とし
ては、山下達郎のカヴァーで知られているデルフォニクスの《ラ・ラ・ミーンズ・アイ・
ラヴ・ユー(邦題:ララは愛の言葉)》などが有名である。ギャンブル&ハフのケニー・
ギャンブルとは同じグループにいたことがあり、その関係でフィラデルフィア・インター
ナショナルが立ち上がるとアレンジャーとしてサウンドの立役者となった。同時に他のレ
ーベルで自ら制作者となり、数々のヒットを創ったのである。このトム・ベルが関わった
代表的なグループが、スタイリスティックスとスピナーズである。代表的なものをあげて
みると、例えばスタイリスティックスのナンバーで、僕の大好きなギタリストのグラント
・グリーンやプリンスもカヴァーした《ベッカ・バイ・ゴーリー・ワウ》がある。

そしてスピナーズである。ギャンブル&ハフ直下のフィラデルフィア・インターナショナ
ルのサウンドと、微妙に異なった作り方にしているのがうまい。ミュージシャン達の実際
の演奏のグルーヴ感を、上手く活かしたアレンジを行っているのである。そして楽曲がま
たポップで良い曲なのだ。モータウンやスタックスのハウス・バンドを中心とした音づく
りを思い起こさせる。70年代後半のディスコ全盛の時代になってくると、フィリー・ソウ
ルまではあったそのような良い要素が、殆どのソウル・ミュージックから消えていってし
まう。今年の5月にこのエッセイで書いたサム・クックから順に追ってソウル・ミュージ
ックを聴いていると、それがよくわかる。ということで魅惑のフィリー・ソウルは紹介し
だすと後がつきないが、今回はあまり日本ではメジャーでないと思われるこのスピナーズ
に的を絞って紹介することにしよう。

スピナーズは、60年代はモータウンにいたグループである。しかしモータウンの制作シス
テムでは、全く鳴かず飛ばずであった。そのモータウン時代の唯一のヒットが、スティー
ヴィー・ワンダーが曲を提供して、ピアノ、ベース、ドラムと演奏面でも全面的に協力し
た《イッツ・ア・シェイム》である。これがまた、素場らしいイイ曲なのである。この曲
のヒットの後にモータウンを離れ、そしてトム・ベルと組んだことで大ヒットを連発する
ようになるのである。日本での知名度は今回このエッセイで触れたグループの中で一番低
いかもしれないが、クロスオーヴァー・ヒット(ブラックと全米の双方でのヒット)の曲
の数は実は一番多いのである。そんな彼らのヒット曲は、ソウル・ミュージックを聴くと
きの定石である、モータウン時代の《イッツ・ア・シェイム》も入ったお徳用ベスト盤を
聴くことで堪能できるのである。

CMで使用されている(彼らのヴァージョンではない)《クドゥ・イット・ビー・アイム
・フォーリン・ラヴ(邦題:フィラデルフィアより愛をこめて)》と《アイル・ビー・ア
ラウンド》。これがスピナーズの2大名曲である。この2曲のためだけにベスト盤を買っ
ても、決して損はしない。魅惑のアレンジ、ダンスしたくなるリズム、素晴らしい楽曲と
、フィリー・ソウルの3つの特徴が揃った大名曲である。ジャンルを問わず音楽ファンな
らば、聴いておかないと損をするタイプの曲だ。そして締めが、サム・クックの《キュー
ピッド》のダンス・ヴァージョン。ソウル・ミュージックの伝統が脈々と流れているのが
嬉しい。ジャケットだけ見ると「すわっ、内山田洋とクールファイヴか!」と一瞬怯む。
しかし、おそれずに買おう。スピナーズのヒット曲の数々によって、ポップでロマンティ
ックで魅惑的なフィリー・ソウルの魔法にかかってしまうこと間違いなしである。
『 The Very Best Of Spinners 』 ( THE SPINNERS )
cover

1.It's a Shame, 2.I'll Be Around, 3.How Could I Let You Get Away,
4.Could It Be I'm Falling in Love, 5.One of a Kind (Love Affair), 
6.Ghetto Child, 7.Mighty Love, Pt.1, 8.I'm Coming Home,9.Then Came You
10.Love Don't Love Nobody, Pt.1, 11.Living a Little, Laughing a Little, 
12.Sadie, 13.They Just Can't Stop It (The Games People Play), 
14.Rubberband Man, 15.Working My Way Back to You/Forgive Me, Girl, 
16.Cupid/I've Loved You for a Long Time

The Spinners (vo)
Label:Motown / Atlantic
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