●ソウル・ミュージックの素晴らしさ11:サントラだけど粒揃い

マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーと共に、70年代のソウル・ミュージックを
語るときに欠かせないのが、カーティス・メイフィールドだ。しかしコアなブラック・ミ
ュージック・ファンを除いて、カーティスの名はマーヴィン・ゲイほどは知られていない
ように思う。おそらくカーティスの代表作とされる『スーパー・フライ』が映画のサウン
ド・トラックということもあって、名前は知っているけれども何となくCDに手を出しに
くいのではないか。芸術性が高いイメージがあるマーヴィンの『ホワッツ・ゴーイング・
オン』は簡単に手を出せても、『スーパー・フライ』はなんとなく敬遠してしまう。そん
な空気があるように感じるのである。なによりも僕自身がそうだった。一般的にはそんな
ことはないのだろうか。この機会に、カーティスのことをあまりよく知らない人のために
少し説明してみよう。

80年代のTV番組「ベスト・ヒット・USA」や「ボッパーズMTV」などで洋楽に親し
んだ世代の人ならば、ジェフ・ベックとロッド・スチュワートが久しぶりに共演した《ピ
ープル・ゲット・レディ》のビデオを憶えているだろう。カーティスは、この曲の作者で
ある。ヴァニラ・ファッジもこの曲を取り上げており、そのメンバーだったティム・ボガ
ードとカーマイン・アピスとジェフ・ベックが組んでいたBB&Aでもカーティスの《ア
イム・ソー・プラウド》を取り上げている。エリック・クラプトンも確かカーティスのト
リビュート盤に参加していた。ジミ・ヘンドリックスも、『エレクトリック・レディラン
ド』のタイトル曲で、カーティスの影響を感じさせるヴォーカルとギターを聴かせてくれ
る。ロックが好きな人でカーティスをあまりよく知らない人は、ジミヘン、ベック、クラ
プトンという名前が並んだだけでもカーティスに興味がわいてくるのではないだろうか。

ジェフ・ベックをはじめとして、《ピープル・ゲット・レディ》はカーティスの曲の中で
もカヴァーされることの多い曲であろう。カーティスがインプレッションズというグルー
プに在籍していた時代の、1965年のヒット曲である。アレサ・フランクリンも、名作『レ
ディ・ソウル』で素晴らしいカヴァーを披露している。ボブ・ディランもザ・バンドとの
”地下室”セッションや、ローリング・サンダー・レビューで取り上げたらしい。この曲
は、カーティスの宗教観と共に、当時の公民権運動につながるメッセージが、メロウなメ
ロディにのせて静かに歌われている。インプレッションズは、ゴスペルでは一般的だがR
&Bでは珍しかった3声コーラスを用いていた黒人男性3人のグループで、60年代として
は珍しいスィートなコーラス・スタイルが特徴的なグループであった。カーティスは、イ
ンプレッションズのメンバーであると同時に主要なソング・ライターでもあった。

ソング・ライターだったカーティスの曲がカヴァーされることが多いのも頷けるが、カー
ティスが賢いのは、早くから自身の音楽出版社を設立していたことである。このことは、
自らの曲をラジオでかけてもらうために、著作権の一部をDJに売っていた50年代の黒人
ミュージシャンとは大きく異なるカーティスの意識の高さを物語っている。このようなカ
ーティスの黒人としての意識の高さは、《イッツ・オール・ライト》や《キープ・オン・
プッシング》といった黒人としての誇りを歌い上げる作品に表れていった。公民権運動の
盛り上がりという時代的な背景もあったのだろう。インプレッションズの歌に込められた
黒人意識に関するメッセージは、より積極的なものとなっていった。前述した《アイム・
ソー・プラウド》もこの系統の作品である。そしてそのようなメッセージ性は、カーティ
スの作品における主要なテーマとなっていくのである。

しかしカーティスが賢明だと思うのは、強いメッセージ性を打ち出さずに、あくまで音楽
的にソフトなボーカルとサウンドで包んだことだ。カーティスのヴォーカル・スタイルは
、ファルセットからテナーの音域のスィートでメロウなものだ。しかしそのようなソフト
なヴォーカルで歌われる内容は、視点もクールで客観的であり、ジェームズ・ブラウンの
ように声高にメッセージを叫ぶものではないのである。そのようなカーティスの手法によ
って、ゴスペル色の濃い《ピープル・ゲット・レディ》も単なる宗教歌に終わらず、静か
だけど強いメッセージをもった市民の歌となっていったのだろう。そしてカーティスは、
1970年にインプレッションズを抜けソロ活動に入る。そしてヴェトナム帰還兵をテーマに
した『バック・トゥ・ザ・ワールド』や、アメリカ社会をテーマにした『ゼアズ・ノー・
ライク・アメリカ・トゥデイ』といった傑作を創り出していくのである。

もしカーティスを聴いたことがない人に1枚アルバムを薦めるとしたら、やはり『スーパ
ー・フライ』である。このアルバムは、カーティスが社会的なメッセージを包み込むため
の武器にしたメロウでグルーヴするサウンドが、もっともカッコいいかたちで提示されて
いるのである。クロスオヴァー・ヒット(ブラック・チャートと全米チャートの双方でヒ
ットすること)となった2枚のシングル《フレディズ・デッド》と《スーパー・フライ》
をはじめ、カーティスの良い部分を集めてきたような名曲・名演が揃っているのである。
そのサウンドは一言でいうと、「大都会PartV」(石原軍団のTVドラマね)などのアク
ション・ドラマや、松田優作のアクション映画のサウンド・トラックの音だ。つまりは、
そのような日本のTVや映画のサウンド・トラックにも影響を与えたと思われる音なので
ある。

このアルバムについては、「サントラとしてでなく独立した音楽として聴いても傑作」と
いうような表現がよく使われる。確かにカッコいい音楽だが、それだけでは説明が不十分
だし、カーティスに失礼な気がする。カーティスは、おそらく映画の内容に即してこの音
楽を創り上げた。映画の内容は日本でもよくあったB級アクション映画といった趣で、主
人公をはじめとする登場人物がバシバシとコカインをキメまくるような内容である。70年
代の、都市部での黒人がおかれていた状況がほんの少しだけ理解できるような内容だ。そ
して都市部で生活する黒人達が、このような映画でカタルシスを得ていたことも想像に難
くない。やくざ映画を観て、誰もが高倉健や菅原文太になりきって映画館から出てきたよ
うに、この映画を観た黒人達も、みんなが主人公のプリーストのように誇り高く映画館を
出てきたのだろう。

カーティスはこの映画のことは評価していなかったようだが、カーティス本人の出演シー
ンは見ものである。ナイトクラブのシーンで《プッシャーマン》を歌うシーンを観ること
ができる。観るとわかるが、カーティスの音楽は見事に映画の場面に当てはまっているば
かりか、その歌詞によって場面を補足する役割にさえなっているのである。映画の主人公
は”ヤクの売人”だが、カーティスが音楽で描いているのは、そのような”仕事”をして
いた人物を含むゲットーに確かにいたであろう黒人達の姿なのである。それを見事なまで
に、緊張感溢れるサウンドとして表現している。映画のテーマとなっているのは”黒人の
自由と誇り”であり、カーティスがこのテーマに共感し映画の脚本にインスパイアされて
音楽を創ったことは間違いないだろう。いつもどおり、カーティスはクールな視点で音楽
を創り上げているのである。

コンガをフィーチャーし、カーティス自身の指示による緊張感あふれるブラス&ストリン
グス(編曲はジョニー・ペイト)をフィーチャーしたそのサウンドは、驚くべき出来映え
である。これだけの音楽を頭に描いて作品化したことだけをみても、カーティス・メイフ
ィールドという人が、単なるシンガーやギタリストを超えた非凡なミュージシャンだった
ことがわかる。『スーパー・フライ』を聴いて、マーヴィン・ゲイをはじめとする同時代
の黒人ミュージシャン達が、大いに刺激を受けたであろうこともよく理解できる。そして
カーティスの『スーパー・フライ』の成功によって、アイザック・ヘイズによる『シャフ
ト』やマーヴィン・ゲイの『トラブル・マン』など黒人による黒人映画のサウンド・トラ
ック制作の道が開けていったのである。『スーパー・フライ』とは、そのようなエポック
・メイキングなアルバムでもある。

『スーパー・フライ』を聴くと、僕は車で夜の街をとばしたくなる。カーステレオから流
れるのは《フレディズ・デッド》か《リトル・チャイルド・ランニン・ワイルド》だ。と
くに、ジミヘンのバンド・オブ・ジプシーズに影響を受けたのではと思われる《フレディ
ズ・デッド》はめちゃめちゃカッコイイ。カーティスのバンドのベーシストのジョセフ・
スコットのグルーヴするベースが最高だ。気分は映画の主人公のプリーストか、東映セン
トラル時代の松田優作である。カーティスの美しいギターが聴けるインストゥルメンタル
の《シンク》もタマラない。こんな名曲揃い・粒揃いのサントラを創り上げてしまうなん
て、カーティスは才能には本当に驚くばかりだ。このアルバムが気に入ったら、他のカー
ティスのアルバムも是非聴いてみるとよいだろう。
『 Super Fly 』 ( CURTIS MAYFIELD )
cover

1.Little Child Runnin' Wild,2.Pusherman,3.Freddie's Dead
4.Junkie Chase [Instrumental],5.Give Me Your Love {Love Song}
6.Eddie You Should Know Better, 7.No Thing on Me (Cocaine Song)
8.Think [Instrumental],9.Superfly
+ BONUS TRACK
10.Freddie's Dead [Single Mix],11.Superfly [Single Mix]

Curtis Mayfield (vo,g)
Joseph "Lucky" Scott (b),Henry Gibsons (per)
Other Personals Unknown
Label:Curtom
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