●ソウル・ミュージックの素晴らしさ9:文句なしのレディ・ソウル

このところソウル・ミュージックについて書き続けているが、ソロの女性歌手については
まだ取り上げていなかった。それというのも、これぞソウル・ミュージックといえるよう
な歌を歌う女性歌手は60年代後半まで存在しなかったのである。60年代半ばまでの黒人女
性歌手といえば、ブルース、ジャズ、”白人向けのサウンド作りをした”ポップスといっ
たスタイルの曲を歌う人しかいなかった。例えばモータウンのところで紹介したスプリー
ムスやマーサ&ヴァンデラスは、当時流行していたガール・グループの流れにそったポッ
プなスタイルの音楽である。60年代前半にヒット曲を放ったモータウンのメリー・ウェル
ズや、バカラックの《ウォーク・オン・バイ》を歌ったディオンヌ・ワーウィックも、ど
ちらかというと白人向けの音作りをしていたのだ。それ以前の歌手となると、いわゆるジ
ャズ、ブルース、R&Bになってしまうのである。

それではジェームズ・ブラウンやオーティス・レディングに匹敵する女性歌手はいないの
か。一人だけ避けて通れない人が確実にいるのである。その人が、”レディ・ソウル”と
呼ばれるアレサ・フランクリンだ。ソウルフルな女性歌手は他にもたくさんいるけれど、
アレサとの差は限りなく大きい。アレサの歌の凄さ(上手さ)は、聴けば一発でわかる。
以前、山下達郎がラジオ番組でジェームズ・ブラウンを”一番うまい男性ソウル・シンガ
ー”と紹介した話をしたが、達郎氏が”一番うまい女性ソウル・シンガー”として名前を
あげたのがアレサだ。その当時、JBの上手さには首をひねった僕だったが、アレサには
全く異論はなかった。僕のソウル・ミュージックにおける女性歌手遍歴は、ミリー・ジャ
クソンという放送禁止用語連発のエグイ(エロイ)人からスタートしたのだが、アレサを
初めて聴いたときはブッとんでしまい、アルバムを擦り切れるほど聴いたのである。

ソウル・ミュージックにおける多くの偉大な歌手の例にもれず、アレサもゴスペル歌手か
らスタートしている。アレサのお父さんは有名な牧師さんだ。従って小さいころから、教
会でお父さんの説教と本物の教会音楽を聴いて育ったのだろう。14歳のときには、早くも
ゴスペル歌手としてレコーディングを行ったらしい。そんなアレサの歌の上手さを聞きつ
けて、スカウトがたくさん来たのだという。あのモータウンのベリー・ゴーディも興味を
示していたという。アレサはデトロイトで少女時代を送っているので、ありえる話だ。し
かし、もしアレサがモータウンと契約していたとしても、モータウンのベルト・コンヴェ
ア式の制作方式ではアレサの才能を開花させることは難しかったと想像する。結局アレサ
は大手のコロンビアと契約を行い、ソロ歌手としてデビューする。しかしコロンビアは、
アレサの才能を開花させることはできなかった。

アレサの歌の特徴のひとつは歌いまわしが非常にダイナミックなことだが、コロンビアは
そんなアレサの特徴を捉えきれずに、ジャズ・コンボやオーケストラなどをバックにした
”しっとりとムーディな音楽”を作ってしまった。これではせっかくの若さ溢れるエネル
ギーと実力を、無理やり押さえ込んでしまったようなものである。もともとソウルとはジ
ャズの世界の言葉だが、もしアレサがこのままの道を歩んでいたら、ソウルフルな”ジャ
ズ・ヴォーカリスト”として終わっていた可能性が大きい。アレサのアイドルは50年代に
ヒットをとばした女性歌手のダイナ・ワシントンだったので、コロンビア時代の音楽性は
アレサ自身の意向もあったのかも知れない(アレサは、ダイナ・ワシントンが亡くなった
ときダイナのトリビュート・アルバムを作り、《ホワット・ア・ディファレンス・ア・デ
イ・メイド》などのダイナのヒット曲を歌っている)。

このようなジャジーでムーディな音楽は、おそらくアレサ自身も望んだものであったこと
は間違いないと思われる。そもそも、その時代には後のアレサのように歌う女性歌手(男
性歌手も)いなかったのだ。しかしそれでもコロンビア時代のアルバムは、”歌が上手い
女性歌手”の域を出るものではない。アレサの持っている実力を120%出し切る音楽を作る
には、新しい音楽を作っていた人達との出会いが必要だった。そのような歌手としての方
向性で伸び悩んでいたアレサの転機となったのが、アトランティック・レコードへの移籍
だ。黒人音楽好きのアーティガン兄弟が始めたアトランティックは、スタックスやマッス
ル・ショールズで録音した数々のヒット曲によってまさに時代の波にのろうとしていた。
アトランティックのプロデューサーのジェリー・ウェクスラーとマッスル・ショールズの
ミュージシャンとの出会いにより、アレサの才能は全面的に花開くことになるのである。

ジェリー・ウェクスラーは、パーシー・スレッジとウィルソン・ピケットのヒット曲で実
績のあったマッスル・ショールズにアレサを連れて行った。マッスル・ショールズは、ロ
ーリング・ストーンズが録音しに訪れたことが象徴するように、当時もっともかっこいい
ブラック・ミュージックのサウンドを作り出していた。アルバムを録音する際には、マッ
スル・ショールズのミュージシャンが殆ど若い白人であったために、一緒についていった
アレサの当時の夫との間でいろいろとゴタゴタもあったようだが、このマッスル・ショー
ルズで録音したアトランティックの初期のアルバムは、ソウル・ミュージック史上に燦然
と輝く名盤である。なかでも素晴らしいのは、1作目の『アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・
マン・ザ・ウェイ・アイ・ラヴ・ユー』と、3作目のその名もずばり『レディ・ソウル』
である。この2枚のアレサの歌はともに素晴らしく、甲乙つけがたい。

1作目ではダイナミックな《リスペクト》、そして「古い友達がかって私に言ったの、そ
のとき何かが心に響いた、それはこういうふうにはじまるの」というイントロをつけて歌
いだすサム・クックの名作《ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム》がたまらない。後者のサ
ビから後半に向かって盛り上がっていくところは、何度聴いても感動ものである。”人と
しての尊厳”のようなものが、アレサの歌からダイレクトに伝わってくる。『レディ・ソ
ウル』は選曲面でも楽しい名盤だが、とくにカーティス・メイフィールドの名作をゴスペ
ル・フィーリングたっぷりに歌った《ピープル・ゲット・レディ》、それからキャロル・
キングの名曲《ア・ナチュラル・ウーマン》が良い。ゴスペル・フィーリングたっぷりの
ソウルフルなアレサの歌がたまらない。これらの曲を聴くためだけにアルバムを買っても
十分におつりがくる。

初めてアレサを聴くのであれば、ベスト盤ではなくこのようなオリジナル盤から入ったほ
うが良い。この時期のアレサのアルバムは、巧みな選曲や、曲の流れを重視するなど、し
っかりとプロデュースされているため、アルバム単位に聴いたほうがアレサの歌を十分に
楽しめと思う。どちらのアルバムでも、マッスル・ショールズのロックっぽいサウンドに
のせたダイナミックなアレサの歌は、聴いていて鳥肌が立つくらい素晴らしい。このアレ
サの歌のダイナミクスというのは、子供の頃から教会で聞いていただろう父親の説教と教
会音楽の影響を思わせずにはいられない。歌の抑揚のつけかたの素晴らしさは、そのよう
な環境で育ってきたアレサの身体に沁みこんだものによるものだろう。コロンビア時代に
押えられていたゴスペル歌手としての抑揚が、マッスル・ショールズという何の制限もな
い環境で爆発したのであろう。

アレサのレパートリーには、サム・クック、ジェームズ・ブラウン、レイ・チャールズ、
オーティス・レディングなどの男性ソウル歌手の曲も多い。なかでもレイ・チャールズの
影響を、歌い方に強く感じる。また意外なことに、高音部分の歌いまわしでは、当時スプ
リームスのメンバーだったモータウンのスターのダイアナ・ロス(R&Bチャートよりも
ポップ・チャートでの人気のほうが高かった)の影響も感じるのである。そのような影響
を自分なりに昇華して、マッスル・ショールズのミュージシャンとジェリー・ウェクスラ
ーの助けを借りながら、ついにアレサはその才能を開花させたのだ。これらのアルバムで
アレサの音楽に入門したら、他の60年代後半から70年代前半のアルバムを聴いていくこと
をお薦めする。ソウル・ミュージックの素晴らしさを、必ず体感できるはずだ。
『 I Never Loved a Man The Way I Love You 』 ( ARETHA FRANKLIN )
cover

1.Respect,2.Drown in My Own Tears,
3.I Never Loved a Man (The Way I Love You),4.Soul Serenade
5.Don't Let Me Lose This Dream,6.Baby, Baby, Baby
7.Dr. Feelgood (Love Is a Serious Business), 8.Good Times
9.Do Right Woman, Do Right Man,10.Save Me,11.A Change Is Gonna Come
+ BONUS TRACK
12.Respect [Stereo Version],
13.I Never Loved a Man (The Way I Love You) [Stereo Version][*]
14.Do Right Woman, Do Right Man [Stereo Version]

Aretha Franklin (vo,p), Carolyn Franklin  (cho)
Chips Moman (g), Jimmy Johnson (g), Spooner Oldham (key),
Tommy Cogbill(b), Gene Chrisman (ds), Melvin Lastie (tp),
King Curtis (ts), Charles Chalmers (ts), Willie Bridges (bs),

Producer:Jerry Wexler
Label:Atlantic
『 Lady Soul 』 ( ARETHA FRANKLIN )
cover

1.Chain Of Fools, 2.Money Won't Change You, 3.People Get Ready
4.Niki Hoeky, 5.(You Make Me Feel Like) A Natural Woman
6.Since You've Been Gone (Sweet Sweet Baby), 7.Good To Me As I Am To You
8.Come Back Baby, 9.Groovin', 10.Ain't No Way
+ BONUS TRACK
11.Chain Of Fools (Unedited Version)
12.(You Make Me Feel Like) A Natural Woman (Mono Single Version)
13.Since You've Been Gone (Sweet Sweet Baby) (Mono Single Version)
14.Ain't No Way (Mono Single Version)

Aretha Franklin (vo,p), Carolyn Franklin (cho), Erma Franklin (cho), 
Ellie Greenwich (cho), Cissy Houston (cho),
Jimmy Johnson (g), Joe South (g), Bobby Womack (g), Eric Clapton (g),
Spooner Oldham (key), Warren Smith (vib, cho), Tommy Cogbill(b), 
Roger Hawkins (ds), Gene Chrisman (ds), 
Melvin Lastie (tp), Joe Newman (tp), Bernie Glow (tp), Tony Studd (tb),
King Curtis (ts), Haywood Henry (bs), 
Seldon Powell (fl, hrn, ts), Frank Wess (fl, ts), Ralph Burns  (con)

Producer:Jerry Wexler
Label:Atlantic
※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます