●ソウル・ミュージックの素晴らしさ8:史上最高の”一発屋”

”一発屋”という言葉がある。チャートで一発だけヒットをとばして、いつの間にか消え
ていってしまう人達のことをいう。例えば1977年の大ヒット曲、デビー・ブーンの《ユー
・ライト・アップ・マイ・ファイア(邦題:恋するデビー)》。確か映画とのタイアップ
でヒットした曲だが、デビーについてはその後はとんと見かけない。今頃はデビー婦人に
なっているのだろうか。デビーの場合はいいとこのお嬢さん(親父は《砂に書いたラヴレ
ター》のパット・ブーン)なので、その後についても悲哀感はない。しかしロック系の一
発屋の場合は、その後の人生に悲哀感がただよう。1979年のヒット《マイ・シャローナ》
のナックや、1984年のヒット《99ルフバルーンズ(邦題:ロックバルーンは99)》の
ネーナなど、今でも、”マ、マ、マ、マイーシャロナ!”とか”ナーナーナィン、ノー、
ナーノーナー”なんて歌っているのだろうか。悲哀どころか、笑いがこみあげてくる。

そこへいくと髭を生やしてアイドルからの脱皮を視覚的にファンに示したビートルズや、
「俺達は幾つになってもリズム&ブルーズひとすじだぜ!」って開き直った印象のローリ
ング・ストーンズは偉大である。彼らは自分達の成長や成熟を、音楽を通してファンに伝
え続けることができた。それゆえファンの好きな曲も、《レット・イット・ビー》、《抱
きしめたい》、《黒くぬれ!》、《スタート・ミー・アップ》など、様々な時期の曲とな
る。パーシー・スレッジ。この人の場合はどうだろう。《ホェン・ア・マン・ラヴズ・ア
・ウーマン(邦題:男が女を愛する時)》、これ以外の曲が思いつく人がいるだろうか。
もしいるとするならば、パーシーのファンか、熱烈なブラック・ミュージックあるいは洋
楽ファンに違いない。思いつかなくても、別に良いのである。パーシーは《男が女を愛す
る時》1曲で、ブラック・ミュージックのみならずロック・ポップ史に残る人なのだ。

それくらいこの曲のパフォーマンスは凄い。パーシーには《男が女を愛する時》の他にも
《ウォーム・アンド・テンダー・ラヴ》、《テイク・タイム・トゥ・ノウ・ハー》など多
少のヒットがあるが、基本的に《男が女を愛する時》の焼き直しのような曲なのである。
パーシーはこの1曲を知っていれば十分なのだ。この曲が録音されたのは、アメリカ南部
アラバマ州のマッスル・ショールズという地方都市である。地方都市といっても、かなり
の田舎だったらしい。パーシーは、カントリー・ミュージック(ようするに白人の音楽)
が盛んなこのアラバマで生まれた。当時はR&B(ようするに黒人の音楽)をかけるラジ
オ局は、南部では殆どなかったという。パーシーも、20歳を過ぎるまで黒人の歌手がいる
ことを知らなかったらしい(本当かよ!)。パーシーは病院で看護士として働きながら、
エスクワイアーズというヴォーカル・グループで音楽活動を始める。

地元のDJをしていたクイン・アイヴィーという人と知り合ったパーシーは、彼の勧めに
よってソロ歌手に転向する。60年代のDJは、コンサート・ホールで興行までやったアラ
ン・フリードとか”5人めのビートルズ”を名のっていたマレー・ザ・Kのように、大衆
に大きな影響力をもつ人がいた。実際”袖の下”かわりに、ヒット曲の共作者としてクレ
ジットされるDJも多かったらしい。自分が”共作”したレコードをバンバンかけて、そ
れがヒットすれば印税が入るという単純な仕組みである。おそらくアイヴィーも、レコー
ド制作でひとやま当てたいという野望があったのだろう。その一環か、アイヴィーはアマ
チュアの個人録音まで請け負うスタジオを作った。そこにやってきたのが、たまたま知り
合ったパーシーのバンドだったそうである。このスタジオで、《男が女を愛する時》は誕
生することになるのである。

アイヴィーは、パーシーのバンド・メンバーのカルヴィン・ルイスとアンドリュー・”ポ
ップ”・ライトと共に、パーシーが思いついたという《男が女を愛する時》のフレーズを
長い時間をかけて曲にした。曲にヒットの手ごたえを感じたアイヴィーは、既にアーサー
・アレキサンダー(ビートルズがカヴァーした《アンナ》や、ストーンズがカヴァーした
《ユー・ベター・ムーヴ・オン》の作者)のヒットで地元で実績のあったリック・ホール
という人のスタジオのミュージシャンを借りて最終ヴァージョンを録音する。アイヴィー
の名前はプロデューサーとして、カルヴィンとアンドリューはコンポーザーとしてクレジ
ットされた。そしてアイヴィーはリックを通して《男が女を愛する時》をアトランティッ
ク・レコードに送り、アトランティックが配給して大ヒットとなるのである。

このようにして生まれた《男が女を愛する時》は、あらゆる時代を超えたバラードの傑作
となった。マッスル・ショールズのスタジオ・ミュージシャンのスプーナー・オールダム
のなめらかなオルガンとパーシーのソウルフルとしか言いようのない熱唱が、この曲の印
象を決定づけている。やはり何と言っても、「ウェンナマァーン、ラヴズァウーマン」と
タイトル部分を歌うパーシーのヴォーカルがたまらない。出だしでいきなり熱唱したかと
思ったら、サビでガンガンに盛り上げ、その後にまたスッと歌われる。このタイトル部分
のパーシーのヴォーカルが、否が応にも耳にこびりついて離れないのである。リスナーを
耳をガッチリつかむ見事なパフォーマンスある。曲のメリハリをしっかりとつけているロ
ジャー・ホーキンスのドラムスも見事な演奏である。

また、有名なエピソードではあるが、この曲の最終ヴァージョンにはアトランティックが
録音のやり直しを指示したホーン・セクション(微妙に音程がずれている)がそのまま使
用されている。マッスル・ショールズ側は録音しなおして送り返したそうだが、アトラン
ティックは結局もとのヴァージョンをリリースしたという逸話が残っている。この曲によ
ってマッスル・ショールズは世界的に有名になり、ローリング・ストーンズが録音しに訪
れるほどになった。そして《男が女を愛する時》は、ジャンルを超えて愛されるスタンダ
ード曲となった。その後のパーシーはこの曲を超えるヒットは出せなかったが、こんな”
一発”なら歌手冥利につきるのではないだろうか。
『 Very Best of Percy Sledge 』 ( PERCY SLEDGE )
cover

1.When a Man Loves a Woman, 2.Warm and Tender Love, 3.It Tears Me Up,
4.Baby Help Me, 5.Out of Left Field, 6.Cover Me, 7.Take Time to Know Her,
8.It's All Wrong But It's Alright, 9.Sudden Stop, 10.Between These Arms,
11.Bless Your Sweet Little Soul, 12.My Special Prayer, 
13.True Love Travels on a Gravel Road, 14.Stop the World Tonight
15.I'll Be Your Everything, 16.You Got Away With Love
17.When a Man Loves a Woman

Percy Sledge (vo)
Label:Atlantic
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