●ソウル・ミュージックの素晴らしさ7:うしろめたさのレイ・チャールズ

今年(2004年)の6月10日にレイ・チャールズが亡くなった。1930年9月の生まれだから
、73歳だったことになる。死因は肝臓病の合併症ということだ。一般紙などにも結構大き
く取り上げられていて、レイの残した業績の大きさが浮き彫りになったような気がした。
レイに関しては、僕は少々うしろめたいような気持ちを感じていた。というのも、このと
ころずっとソウル・ミュージックについて書き続けているのだが、サム・クックと共にソ
ウル・ミュージックの創始者と言われるレイ・チャールズについてはあえて書くのを避け
たからだ。実は書こうかどうしようかかなり迷ったのだが、結局は取り上げなかったので
ある。その理由は、このエッセイで取り上げている音楽が、あくまで自分自身の感情に強
く訴えかけてきたものを主体としているからだ。単に有名だからとか、歴史的に重要だか
らなどという理由で取り上げたものはないのである。

自分自身がその音楽を聴いて、良きにつけ悪きにつけ何かを強く感じた音楽について書い
てきたのだが、残念ながらレイの音楽は、僕にとってそこまで強く感情に訴えてきた音楽
ではなかった。1960年代の初頭に生まれた僕と同世代の人にとって、まず思い浮かぶレイ
の姿というのは、MTV時代の《ウィー・アー・ザ・ワールド》や映画「ブルース・ブラ
ザーズ」でのレイではないだろうか。あるいは、CMでサザン・オールスターズの《いと
しのエリー》を歌っていたレイの姿かもしれない。ビートルズからロックに目覚めた僕に
とって、プレスリーの音楽をあまり聴く必然性がなかったのと同様に、オーティス・レデ
ィングやサム・クックからソウル・ミュージックを聴いていった僕にとっては、レイの音
楽はソウルとして聴く必然性をあまり感じなかったのである。有名な人だから、とりあえ
ず何枚か聴いてみようというのが、僕にとってのレイの音楽だったのだ。

そのようにしてレイの音楽を聴いたが、サム・クックのヒット曲のように甘酸っぱい感情
を感じさせてくれたり、オーティスのシャウトのように熱狂させてくれるものではなかっ
たのである。有名な《ホワット・アイ・セイ》にしても、スティーヴィー・ワンダーなど
のシンセを駆使したニュー・ソウルに慣れた耳にとっては、同時代の人が感じたような(
主としてエレピによる)サウンド上の衝撃も感じなかった(僕と同世代の人は、殆どそう
に違いない)。レイの音楽に熱狂することがなかったのは、レイの音楽が基本的に大人向
けのものだと感じたからである。衝撃的な音楽ばかりを求める多感な10代だった僕が熱狂
するタイプの音楽は、他にもっとたくさんあったのだ。レイ・チャールズを聴くよりは、
エレクトリック・マイルスやジミヘンやプリンスの音楽のほうが、常に聴くべき優先度の
高い音楽として存在していたのである。

もちろん現在では、レイの偉大さも良さもわかるようになった。レイの偉大なところは、
ブルースをベースにジャズやゴスペルの様式を取り入れ(当時としてはスキャンダラスな
ことで、迫害も受けたという)革新的な音楽を創造したところにあるといわれる。《ホワ
ット・アイ・セイ》などを聴くと、確かにそうだと思う。曲の様式としてはブルースやラ
テンのエッセンスの入ったゴスペル様式を用いているが、歌詞は世俗的な内容を歌ってい
るのである。レイは、ナット・キング・コールやブルース歌手のチャールズ・ブラウンに
大きな影響を受け、ナットのようなシンガーを目指していたらしい。しかしアトランティ
ックと契約後にレイの音楽はブルース・フィーリング溢れたものになっていき、歌い方も
ナットのようななめらかなスタイルではなく、あのレイ独特のソウルフルなものになって
いくのである。この点は、古い音源から順を追って聴いていくとわかるだろう。

この頃の代表作が《アイヴ・ガット・ア・ウーマン》で、ジャジーなホーン・セクション
とレイのヴォーカルの対比はゴスペル・スタイルそのものである。このジャンプ・ナンバ
ーは、R&Bチャートで見事1位となった。初期のロックへの影響も大きく、《アイヴ・
ガット・ア・ウーマン》はプレスリーの名パフォーマンスもあるし、《ハレルヤ・アイ・
ラヴ・ハー・ソー》はエディ・コクランや、デビュー当時のビートルズもライヴで取り上
げていた。アトランティックからABCに移籍した後は、《ジョージア・オン・マイ・マ
インド(邦題:我が心のジョージア)》や《アイ・キャント・ストップ・ラヴィング・ユ
ー(邦題:愛さずにはいられない)》などの大ヒットを連発するようになる。この時代の
レイの曲は、ゴージャスなストリングスや豊潤なコーラスをバックに歌われるものも多く
、曲の素材もカントリー&ウェスタンなど白人にアピールするものとなっている。

ABC時代になってからのレイの音楽は、昔の映画に出てくるような白人家庭で流れてい
るのにピッタリな感じの音楽なのだ。つまり聴いていて気持ち良いが、熱狂的になるタイ
プの音楽ではないのである。この頃のレイは、ソウル系統の歌手として考えるよりもフラ
ンク・シナトラやサミー・デイヴィス・Jrなどと同じタイプの歌手と考えたほうがわか
りやすいだろう。実際、アメリカにおいてもそのような聴かれ方をしていたのではないか
と思う。僕がレイに熱狂的になれなかったのも、レイとの出会いがアトランティック時代
の革新的でソウルフルな楽曲ではなく、ABC時代のゆったりとしたカントリー・テイス
トの楽曲によるものだったからだろう。《ホワット・アイ・セイ》のパート1と2が続け
てラジオから流れる機会なんて年に1回あるかどうかだろうが、もしその時代のレイの音
楽に先に出会っていたら少しは印象も違っていたかもしれない。

レイに対して少し後ろめたさを感じている僕であるが、1曲だけレイのお薦めをあげると
したら、アトランティック時代のバラッドの傑作《ドロウン・イン・マイ・オウン・ティ
アーズ(邦題:こぼれる涙)》をあげよう。ブルージーでジャジーなバック演奏にのせて
、レイがこれ以上ないソウルフルな節回しで歌う。「ホワイ・ドンチュー」などの節回し
はレイならではだ。そして後半にレイレッツ(レイのバック・コーラス隊)が入ってきて
、ゴスペル・スタイルで盛り上がって曲は終わるのである。この曲には、最初聴いた時か
ら感心してしまった。この曲を聴くと、レイがワン・アンドオンリーの偉大な歌手である
ことがよくわかる。もしこれからレイを聴いてみようと思うならば、レーベルを超えたベ
スト盤がよい。レイの死が、ソウルについて考えているこの時期でなかったら、この文章
を書く事もなかっただろう。僕ももう少し、レイの音楽に耳を傾けてみることにしよう。
『 Greatest Hits 』 ( RAY CHARLES )
cover

DISK1
1.Mess Around,2.It Should've Been Me,3.I Got a Woman,4.This Little Girl of Mine,
5.A Fool for You,6.Drown in My Own Tears,7.Leave My Woman Alone,
8.Hallelujah, I Love Her So,9.Lonely Avenue,10.Night Time Is The Right Time,
11.What'd I Say, Pts. 1 & 2,12.I Believe to My Soul,13.I'm Movin' On,
14.Come Rain or Come Shine,15.Don't Let the Sun Catch You Crying,
16.Sticks and Stones,17.Georgia on My Mind,18.Ruby,19.One Mint Julep,
20.I'm Gonna Move to the Outskirts of Town,21.Hit the Road Jack,
22.Unchain My Heart,23.Baby, It's Cold Outside

DISK2
1.I Can't Stop Loving You,2.Born to Lose,3.You Don't Know Me,
4.You Are My Sunshine,5.Your Cheatin' Heart,6.Take These Chains from My Heart,
7.Busted,8.That Lucky Old Sun (Just Rolls Around Heaven All Day),
9.Crying Time,10.Cincinnati Kid,11.Let's Go Get Stoned,12.I Don't Need No Doctor,
13.In the Heat of the Night,14.Yesterday,15.Eleanor Rigby,
16.I Can Make It Thru the Day (But Oh Those Lonely Nights),
17.Rainy Night in Georgia,18.Jealous Kind,
19.Shake a Tail Feather ( with Blues Brothers ),
20.Seven Spanish Angels ( with Willie Nelson ),21.I'll Be Good to You,
22.Imagine

Ray Charles (vo,p)
Label:east-west japan
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