最近はJ−POPでも、1つのグループに複数のヴォーカリストがいるグループが目立つ ようになった。ヴォーカルというのは、サウンドの一要素として考えてみると、もともと もの凄い表現力を持っているものである。したがって1つのグループに上手いヴォーカリ ストが複数人いる場合は、音楽的な表現力は2倍(ときにはそれ以上)にすることができ る。音楽的なことばかりではなく、視覚的なカッコよさも増大する。昨今のJ−POPや アイドル・グループのヴォーカルが目まぐるしくチェンジするのは、このようなカッコよ さを狙っているのであろう。しかし本物が持っているカッコよさには、到底太刀打ちでき るものではない。複数ヴォーカルの原点ともいえるソウル系のグループは多いが、その中 でもあらゆる面で僕がもっともカッコよいと思うのがサム・ムーアとデイヴ・プレイター という2人のヴォーカリストからなるサム&デイヴである。 サム&デイヴは、1961年にフロリダで結成されたという。2人とも子どもの頃から教会で 歌っていたらしい。サムの主催するクラヴのコンテストで出会った2人は、サムがデイヴ に歌を教えたことをきっかけにコンビを結成する。コンビを組んだ2人はレコード・デビ ューを果すが、暫くの間パッとしない時期が続いている。2人が有名になるのは、1965年 にアトランティック・レコードと契約した後である。50年代から60年代のアトランティッ クは、R&B(要するにジャズを含む黒人の音楽)に力を入れていた。アトランティック のプロデューサーのジェリー・ウェクスラーは、オーティス・レディングで既に実績のあ ったスタックス(アトランティック系列のレーベル)にサム&デイヴを預ける。このスタ ックス時代がサム&デイヴの黄金期である。彼らのたまらなくカッコいいヒット曲は、ス タックスで録音したものが全てといっても過言ではない。 何がカッコいいのかというと、まずは何よりも曲そのものである。サム&デイヴの殆どの ヒット曲は、オーティス・レディングのスタジオ・セッションでキーボード・プレイヤー として働いていたアイザック・ヘイズ(シンガーとしても有名)と、同じくスタックスに 出入りしていたデイヴィッド・ポーターによるものである。スタックスのスターであった オーティス・レディングの曲がC&Wの影響を感じさせるような喉かな印象があるのに対 し、ヘイズ&ポーターのペンによるサム&デイヴのヒット曲は、有名な《ホールド・オン 、アイム・カミング》に象徴されるように見事にロックっぽい。日本のバンドのRCサク セションなど、この曲のコード進行をライヴのオープニング・ナンバー《ようこそ》でそ のまんま使用しているくらいである。実際この曲はロック・バンドのカヴァーも多く、我 が国でも古くからグループ・サウンズなどにカヴァーされてきたのである。 それらの曲をさらにカッコよくしているのが、スタックスのハウス・バンドであったブッ カー・T&MGsの演奏である。彼らの演奏は、サム&デイヴのものがベストなのではな いだろうか。基本的にはブッカー・Tのオルガンとピアノ、スティーヴ・クロッパーのギ ター、ドナルド・ダック・ダンのベース、アル・ジャクソン・Jrのドラムスという編成 である。オルガンとピアノが両方聴こえてくる曲は、アイザック・ヘイズがピアノを担当 しているのだろう。そこにトランペットとサックスのメンフィス・ホーンズが加わると、 ソリッドでドスの効いたロックっぽい(しかしロックではない)カッコいいサウンドにな るのである。先に述べた《ホールド・オン、アイム・カミング》、《ソウル・マン》、《 セッド・アイ・ワズント・ゴナ・テル・ノーバディ》などの複雑な演奏は、唯一無比とい えるカッコよさがあるのである。 そして何よりカッコよいのが、サムとデイヴのハモハモ・ヴォーカルである。サム&デイ ヴのライヴはカッコ良すぎて失神者(ときには失禁も)が続出したという伝説があるが、 このようなサウンドに乗せてカッコいい曲を眼の前で歌い踊られたらたまらないだろう。 そのような、アップ・テンポの複雑な曲もカッコいいのだが、なんといっても熱唱のハモ ハモ・ヴォーカルである。これを聴かなければサム&デイヴを聴いたことにはならない。 僕のベストは、60年代の珠玉のソウル・バラッド《ホェン・サムシング・イズ・ロング・ ウィズ・マイ・ベイビー(邦題:僕のベイビーに何か?)》だ。サム&デイヴの7枚目の シングルであり、2枚目のLP『ダブル・ダイナマイト』の収録曲である。この傑作バラ ッドのハモハモ・ヴォーカルは、サム・クックやオーティス・レディングではけっして味 わえないものである。 静かなギターのイントロで始り、ピアノのアルペジオにのせてヴォーカルが情感たっぷり に歌いだす。そのサムひとりによりリード・ヴォーカルから次第に盛り上がっていき、ク ライマックスのタイトル部分を歌うところで2人のヴォーカルが、これでもかのハモハモ 状態になるのだ。これがカッコいい。2人が曲の中にどっぷりつかって歌っているのが、 聴いているこちらにも伝わってくるのである。これを聴いていると、ゴスペルのもたらす 昂揚感とはこういうものなのかなとも思えてくる。そしてそのヴォーカルからは、サム・ クック、オーティス・レディング、ジェイムス・ブラウンの影響がハッキリ聴きとれる。 バックのMGsとメンフィス・ホーンズの演奏(とくにキーボード類とホーン・セクショ ン)も見事だ。これ以上のソウル・バラッドなんて、もう出てこないのではないか。とに かくタイトル部分を歌うところのハモハモ!、これにつきる1曲である。