確か1976年頃だったと思う。当時盛り上がってきたニュー・ミュージックや日本のロック の状況にあわせて、NHKが「NHKフォーク・フェスティヴァル」と「NHKロック・ フェスティヴァル」という番組を制作した。”フォーク”のほうにはハイ・ファイ・セッ トや大橋純子といった人達が出演し、トリはティン・パン・アレーをバックに従えた荒井 由実(現:松任谷由実)だった。”ロック”のほうはチャーやクリエイションなどが出演 し、トリはまだ長髪だった上田正樹だったように記憶している。なぜソウルに直接関係な いこのような昔の話をしているのかというと、この上田正樹のパフォーマンスこそが、僕 がソウル・ミュージックを好きになる基礎を作ったものだったからだ。上田正樹が最後に 歌った曲が、当時発売されたばかりの自身のアルバムの曲ではなく、オーティス・レディ ングのヴァージョンの《トライ・ア・リトル・テンダネス》だったのである。 次第に盛り上がっていく曲の展開に、当時の僕はシビれた。僕の知らない音楽がそこにあ った。この時点での僕は、この曲が誰の持ち歌かまでは知らなかった。その後にいろいろ な音楽を聴き、やがてオーティスの音楽に出会ったときにやっと長年の謎が解けたのであ る。オーティスの音楽は、僕のようにロックを聴き続けてきた人間にとってもスッと入っ ていけるものだった。そこが、ジェームス・ブラウンの感じる音楽とは異なるところであ る。なぜスッと入れたのかを考えてみると、答えは2つあると思う。一つはサウンド。オ ーティスのバック・ミュージシャンは、《グリーン・オニオン》のヒットで有名なブッカ ーT&MGsである。白人と黒人の混合バンドで、ギターのスティーヴ・クロッパーとベ ースのドナルド・”ダック”・ダン(ともに白人)は、映画の「ブルース・ブラザーズ」 に出演していたので知っている人も多いだろう。 意外なところでは、ボブ・ディランの30周年記念コンサートでもバック・バンドをやっ ていたのを思い出す。このブッカーT&MGsのサウンドが”バンドの音”であるために 、ロック・バンドの音に慣れていた僕のようなロック好きにも抵抗感がなかったのだ。同 じバンド編成でも、ヴァイブやパーカッションなどを使用した、きらびやかなモータウン のファンク・ブラザーズのサウンドとは異なり、ブッカーT&MGsのサウンドは生のラ イヴ・バンドっぽいサウンドなのだ。さらに言えば、先の上田正樹をはじめ、井上堯之バ ンド(「太陽にほえろ」や「傷だらけの天使」、沢田研二の《危険なふたり》などに影響 が聴きとれる)やRCサクセション(忌野清志郎のヴォーカルは、もろオーティスだ)と いった、当時、日常的に聴いていた音楽から無意識にそのサウンドに親しんでいたという こともスッと入れたあったのだろう。 もう一つの答えは、オーティスの取り上げた曲である。多くの人がオーティスがオリジナ ルと信じている《トライ・ア・リトル・テンダネス》(実際は、ビング・クロスビーやフ ランク・シナトラなども歌った1930年代の古いスタンダード曲)や、スローバラードのデ ビュー曲《ジィーズ・アームズ・オブ・マイン》など、オーティスの歌う曲はメロディの ハッキリした曲が多いのだ。だからジェームス・ブラウンよりは、わかりやすかったので ある。そしてそれを一度聴いたら忘れられなくしている、オーティスによる熱唱。ブッカ ーT&MGsのキレのよいバンド・サウンドとあいまって、ロック的なカッコよさに満ち ているのだ。よくストーンズの《サティスファクション》やビートルズの《デイ・トリッ パー》があったためオーティスが白人に受け入れられたと言われているが、このロックっ ぽい(そして時代性にマッチした)サウンドに鍵があったと僕は思っているのである。 さて肝心のオーティスの歌だが、熱い季節になると無性に聴きたくなるのである。オーテ ィスの歌い方には明らかにサム・クックの影響が聴き取れるが、サムのかろやかな歌い方 とは異なるゴツゴツとした質感が特徴だ。そして歌に”熱”がある。オーティスの歌にあ るこの”熱”は、リトル・リチャードの影響ともジェームス・ブラウンの影響とも言われ ているが、僕には正確にはわからない。2人からの影響は確かにあると思うが、むしろ数 々のステージをこなすうちに、自然に出てきた表現だったのではないかという気がする。 それに加えてオーティスの歌には、どこかのほほんとした雰囲気もある。南部の人達が好 んだと言われている、C&Wやヒルビリーの影響を感じるのである。実際、都会人ではな いメンフィスのスタッフは、ゆったりと仕事をするのを好んだと言われている。オーティ スの歌い方にも、そのような南部のローカル性が反映されているように思う。 そのようなオーティスのアルバムで僕が薦めるのは、フランスでのライヴ盤『ライヴ・イ ン・ヨーロッパ』だ。オーティスのいいところと代表曲が殆ど入っている。観客の熱狂も 凄い。オーティスを見て、神に助けを求めるかのように叫び続けている女性もいる。熱狂 する観客に、オーティスが優しいスローバラードの《ジィーズ・アームズ・オブ・マイン 》を差し出す瞬間はタマラナイ。会場の空気が変化するのが伝わってくる。そしてなんと 言っても、《トライ・ア・リトル・テンダーネス》の素晴らしいライヴ・ヴァージョンで ある。スローで入って、次第にテンポ・アップしていき、オルガンが”ビヤー”と鳴るの を合図に(ここがタマラナイ)オーティスと共にバンド全体が爆発するこのパフォーマン スは、ソウル・ミュージックの最も素晴らしい瞬間のひとつだ。何度聴いても鳥肌が立ち 、身体が勝手にリズムをとってしまう。ソウルをあまり聴いたことがないロック好きの人 がいたら、オーティスがその扉を開いてくれることは間違いない。僕が保証する。