僕がソウル・ミュージックにハマルことになったきっかけは、80年代にやっていた山下達 郎の「サウンド・ストリート」というラジオ番組によるものであった。その中で達郎氏が 紹介した数々のソウル・ミュージックについて、エア・チェックをしたり、気に入ったも のはレコードを買って聴きまくっていたのである。”ゴッドファーザー・オブ・ソウル” と呼ばれるジェームス・ブラウン(以下JBとする)の音楽も、その番組で初めて概要を 知った。その後、真剣に聴くことになったのである。何しろ、JBである。ブラック・ミ ュージックを語る上では避けては通れない人物である。マイルス・デイヴィスやプリンス など、僕が日頃から好んで聴いているミュージシャン達も、JBの影響を受けたと聞いて いる。達郎氏も然り。つまりは知識では偉大な人物だとわかっているために、聴くのには それ相応の覚悟が必要だったのである。 達郎氏は”日本で一番のJBのシングル盤コレクター”を番組の中で自称していただけあ り、JBを”一番うまい男性ソウル・シンガー”と紹介していた。その時点での僕はJB の音楽について全くといっていいほど知らなかったが、達郎氏のその言葉や、マイルスや プリンスに与えた影響を知りたいという思いで、覚悟を決めてJBのレコードを買い込ん だのである。しかし正直さっぱり良さがわからなかった。一生懸命聴いても、どうも音楽 が身体に入ってこないのである。白状すると、いまだに全てがわかったと思えない部分が ある。みんなが”凄い”とか”素晴らしい”を連発する音楽を、自分だけがわからないは ずはない。そんな思いから、JBを褒めている人はいったいどこに感銘しているのか、本 や雑誌などを見てみることにした。しかし”何が凄い”、”どこが素晴らしい”のか、具 体的に伝わってこない。特にJBの音楽そのものについては、全く書かれていない。「な ぁーんだ、結局みんなよくわかんないんじゃないの」と思ったのである。 JBの活動歴は1950年代まで遡る。初期のヒット《プリーズ・プリーズ・プリーズ》など を聴くと、当時人気のあったゴスペルの影響が濃厚だ。僕がJBの音楽を聴いて感心する のは、そのようなところからファンクと呼ばれる音楽を創り上げたところである。JBの ヒット曲を順に追っていくと、それがよくわかる。初期のヒット曲の《アウト・オブ・サ イト》、《パパズ・ゴット・ア・ブランド・ニュー・バッグ》、《アイ・ゴット・ユー( アイ・フィール・グッド)》などは12小節ブルースのコード進行が基本となっているが、 ブルースでもロックンロールでもない、斬新な新しいリズムの音楽である。その新しさは ドラムスなどの打楽器によるものではなく、ベース・ラインによるものだ。ベース・ライ ンがファンキーになればなるほど、JBの音楽は12小節ブルースや単なるR&Bから遠ざ かっていくのがわかるのだ。 そのような音楽を、試行錯誤(おそらくは数々のライヴにおけるトライ&エラー)を行い ながら創りあげていったところがJBの凄さである。そして、どの曲にもある一度聴いた ら忘れられないキメ。これがカッコイイ。なかでも《パパズ・ゴット・ア・ブランド・ニ ュー・バッグ》のギターのカッティングは、ゾクゾクする感じでタマラナイ。これらの曲 をはじめ、JBには数々のヒット曲がある。現在の日本で一番知られているのは、最近で は西田敏行主演の映画や、以前はJB自身がCM登場してビックリした「ゲロッパ!」の 掛け声で有名な《ゲット・アップ(アイ・フィール・ライク・ビーイング・ア)セックス ・マシーン》だろう。永続的に続くファンキーなグルーヴにのせてJBがシャウトするこ の曲は、本当にカッコイイ。特にファンキーなベースのリフとギター・カッティング、そ して最後に”シェイク・ユア・マネー・メイカー”でハモるところがタマラナイ。 JBのヒット曲が、12小節(ブルース)を基調としたものから、この曲のような永続的な グルーヴのリズムに変わってきたのは、67年の《コールド・スェット》(マイルス・デイ ヴィスの《ソー・ホワット》のホーン・リフを用いている)あたりからであろう。そして JBのヒット曲で僕が一番凄いと思う《ゲット・オン・ザ・グッド・フット》あたりにな ると、リズムはより複雑さを増してくる。JBのバンドへの指揮も完璧で、演奏がベース とドラムだけになり、「シャピナァー」とJBが叫んだ後にくる”ドーン”となる部分は もうタマラナイ。その後に「ベース・ゼア」とJBが叫んでベースが入ってきて、「スト ップ」で一瞬止まり、「カモーン」で再びバンドが動き出すと、聴いているこちらもいて もたってもいられない感じになってくる。身体を自然にリズムに合わせて動かしたくなっ てくるのだ。これがJBの音楽がもつ、絶対的な凄さであろう。 つまりJBの音楽は、ただ座って一生懸命聴いているだけでは、ゼッタイに良さのわから ない音楽なのである。あくまで人を楽しませる(ダンスさせる)ためのものなのだ。JB は本当は渋いメロディアスなバラードやスタンダードも歌えるのだが、メロディよりもリ ズムを強調する音楽をメインとする道を選んだ。従ってヒット曲集は、あくまでJBの音 楽の一面であり、JBからのニュース・レターのようなものであろう。「ソウルはベスト 盤から」とよくいわれるが、ヒット曲集だけではJBの音楽はわからないのだ。それを念 頭において心して聴く必要がある。JBの音楽は、できれば大勢で大騒ぎして踊ったりし ながら、大音量でその音楽に身を委ねるのが望ましい聴きかた(感じかた)である。その ような聴きかたでも、僕ら日本人に本当にわかるかは疑問ではある。それくらいJBの音 楽は、ひたすらフィジカルに黒い。