渋谷で、「永遠のモータウン(原題:STANDING IN THE SHADOWS OF MOTOWN)」というア メリカ映画が公開されている。この映画の公開にあわせて、再びモータウン・ミュージッ クに大きなスポットがあたるかも知れない。モータウンとは、1959年にデトロイトで設立 されたレコード・レーベルのことを指す。レーベルの名前は、デトロイトが車産業中心の 街(モーター・タウン)であったことによる。ベリー・ゴーディJrという黒人が経営者 のレコード会社で、60年代においても、ビートルズを始めとするブリティッシュ・インベ イジョンに負けないだけのヒット曲を量産していた会社である。レーベルとしての活動歴 も60年代の数々のヒット曲に始り、マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーに代表 される70年代、ライオネル・リッチーやダイアナ・ロスなどに代表される80年代、そして 最近のボーイズ・U・メンまで幅広い会社である。 しかし一般的にモータウン・サウンドというと、60年代のヒット曲の数々を指す。冒頭に あげた映画は、このモータウン・サウンドを影で支えたファンク・ブラザーズにスポット をあてた映画である。ファンク・ブラザーズは、ピアノのアール・ヴァン・ダイク、ベー スのジェイムス・ジェマーソン、ドラムスのベニー・ベンジャミンを中心にした、いわゆ るスタジオ・ミュージシャンの集団である。スタックスのMGsのように、メンバーが固 定しているわけではなかったらしい。しかしそのサウンドは、数々のミュージシャンに影 響を与えた。特に天才といわれたベースのジェイムス・ジェマーソンの弾けるようなベー ス・サウンドは、ビートルズのポール・マッカートニーを始め、影響を受けたベーシスト は多い。「永遠のモータウン」によって、これまでスポットの当らなかった彼らのことが 知られるようになるのは喜ばしいことである。 モータウン・サウンドを支えたのは、このファンク・ブラザーズだけではない。ホランド /ドジャー/ホランド(エディ・ホランド、ラモン・ドジャー、ブライアン・ホランド) に代表される、ソング・ライティング・チームである。彼らの提供するポップな楽曲に、 ファンク・ブラザーズが弾けるような演奏を加えることで、初めてあの唯一無比のモータ ウン・サウンドが成立するのである。しかしそのポップさゆえに、モータウンのヒット曲 にはソウルを感じないという人も多いらしい。確かにダイアナ・ロスのいたスプリームス の一連のヒット曲(ホランド/ドジャー/ホランド作品)などは、ソウル度が低いと感じ られなくもない。公民権運動が盛んになっていた当時を考えれば、黒人のチャートのみで なく(白人の)全米チャートでのヒットを目標に制作されていたモータウンの音楽は、ソ ウル度(黒人らしさと言い換えても良いかもしれない)が低いのも当然かもしれない。 ソウル度が低いとしても、僕はスプリームスの音楽は大好きである。彼女達のヒット曲《 ストップ!イン・ザ・ネーム・オブ・ラヴ》は、僕の好きなモータウン・サウンドの3位 に入るものだ。2位はフォア・トップスの《リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア》であ る。この2曲は、演奏も素晴らしいが楽曲が何より素晴らしい。2曲ともホランド/ドジ ャー/ホランドの楽曲である。ちなみにこの2曲の演奏は、前述したファンク・ブラザー ズではないらしい。モータウンはデトロイトだけではなく、ロサンゼルスにも制作部門を 持っていた。驚くべきことに、ロス制作の曲でベースを弾いているのはジェイムス・ジェ マーソンではなく、ロスのスタジオ・ミュージシャンのキャロル・ケイだという(本人の 弁)。あの弾けるようなベースは、実は数々のビーチ・ボーイズのヒット曲のベースと同 一人物による演奏だったというわけである。 ポール・マッカートニーは、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンのベースに影響 を受けたと公言しているが、彼が影響を受けたモータウンのベースおよびビーチ・ボーイ ズのベースも実は同一人物だったなんて物凄い裏話ではないか。モータウンはこれを公式 には認めていないようだが、レコードに刻まれた音が事実を物語っている。興味のある人 は、自分の耳で確認してみると面白いだろう。話は少しそれてしまったが、僕が60年代モ ータウン・ミュージックで一番と思っている曲をあげよう。それは、マーサ&ヴァンデラ スの《ダンシング・イン・ザ・ストリート》である。バックのサウンド・プロダクション の音圧と疾走感が物凄い。とくに”ドン・ドド・ドドン”とくるベース・サウンドはタマ ラナイ。ずっと聴いていたくなるような、ヘヴィーなグルーヴ感である。サウンドはポッ プであり、ロック的でもあるが、マーサのヴォーカルはとてもソウルフルだ。「永遠のモ ータウン」の公開を機に、僕も少しモータウン・サウンドを聴きなおしてみよう。