●ソウル・ミュージックの素晴らしさ1:うららかな日にはサム・クック

陽気の良い気候のせいか、最近はソウル・ミュージックを聴いている。僕はロックやジャ
ズだけではなく、一時期ソウル・ミュージックにもどっぷりとつかっていたことがあるの
である。ソウル・ミュージックといっても、思い浮かぶミュージシャンは人によってかな
り違いがあると思う。レイ・チャールズを思い浮かべる人もいえば、EW&Fみたいなキ
ンキラキンでアフロ・ヘアーみたいなのを思い浮かべる人もいるだろう。僕がいうところ
のソウル・ミュージックは、50年代のレイ・チャールズやサム・クックに始り、60年代の
ジェイムズ・ブラウン、ミラクルズなどのモータウン系グループ、オーティス・レディン
グなどのスタックスやフェイム・レーベル系の人達、ソウルの女王アレサ・フランクリン
、70年代のフィラデルフィア・ソウル、ニュー・ソウルといわれたスティーヴィー・ワン
ダーやマーヴィン・ゲイあたりまでである。この中で、うららかな春の日差しにピッタリ
なのが、サム・クックの音楽だ。

サム・クックは50年代から60年代の初頭まで活躍した歌手で、レイ・チャールズと共にソ
ウル・ミュージックと呼ばれる音楽の基礎を作った人として知られている。この二人の音
楽の共通の特徴としてあげることができるのが、ゴスペルの直接的な影響である。レイ・
チャールズの音楽は、有名な《ホワット・アイ・セイ》に聴くことができるようにゴスペ
ルの様式(”コール&レスポンス”と呼ばれる)を用いている。それに対してサムの音楽
のゴスペルの影響というのは、そのような様式的なものではなく歌いかたそのものに現れ
ている。この事は、サムがポップスの世界に入る前にゴスペル・カルテットのリード・シ
ンガーだったことと無関係ではない。ゴスペルは重労働を強いられていた黒人社会に広ま
り、40年代から50年代にかけてが黄金期だったと言われている。若くてハンサムで天才的
に歌がうまかったサムは、ゴスペル界の大スターだったといわれる。

ゴスペルは、アメリカの教会で実際に聴いたことがある人ならわかると思うが、説教と音
楽の昂揚感だけで失神する人が出ることもある。そんなとこに、ハンサムなサムが行くの
だからたまらなかったであろう。サムが行くところでは、どこでも失神者が続出したとい
われる。そんなサムの人気を業界が放っておくわけがなく、サムはポップスのレコードを
吹き込む。しかしゴスペルのスターがポップスを歌うことは、当時はタブーであった。そ
の証拠に、サムの最初のポップスのレコードは”デイル・クック”という変名を使って出
されている。しかし結局はこのレコードが元で、それまで在籍していたゴスペル・カルテ
ットと、その契約先のレーベルを解雇されている。しかしサムはレーベルを移籍して、後
のソウル・ミュージックの基礎となるようなポップスのレコードを次々と制作していくの
である。

ここでいうポップスのレコードというのは、主として白人層をターゲットとしたものだ。
サムのポップスのレコードに刻まれた音楽は、ティーンエイジャーのきらめくような青春
の1ページを歌っているものが多い。さらっと、爽やかなのである。ナット・キング・コ
ールに憧れていたというサムの歌唱は、高音部を多用したとてもなめらかなものだ。しか
しその歌いまわしには、明らかなソウルの萌芽がある。そこがナット・キング・コールと
の決定的な差だ。”アイ・ノウ、アイ・ノウ”とか”ラヴ・ユー、ラヴ・ユー”といった
、繰り返しが多いことも特徴である。そのようなサムの歌唱の素晴らしさを知るためには
、ヒット曲がたくさん入ったベスト盤が良い。ナット・キング・コールの持ち歌をサムが
カヴァーした、《フォー・センチメンタル・リーズン》を聴いてみて欲しい。サムのソウ
ルフルな歌唱や特徴的な繰り返し、失神者が続出したという歌のうまさがよくわかる。

《フォー・センチメンタル・リーズン》のような歌を、ハンサムなサムに眼の前で歌われ
たら、殆どの女性はイチコロだったはずだ。これを聴いてサムの歌にマイッタら、『ハー
レム・スクエア・ライヴ』のヴァージョンも聴いてみてほしい。しかし僕が一番気に入っ
ている曲は、《ワンダフル・ワールド》である。「歴史なんてわからない、生物学なんて
わからない」と学校で習う教科のことを次々と歌っていって、「だけど僕がキミを愛して
いることはわかっているよ、キミも僕を愛してくれたらなんて素敵なんだろう」と結ぶテ
ィーンエイジ・ポップスの傑作である。このかろやかさが、サムの持ち味の一つである。
そしてもっとも凄いのが、感動的な《チェンジ・イズ・ゴナ・カム》だ。レーベルの関係
でしばらく入手困難だったこの曲が、やっとベスト盤に入るようになったのは喜ばしい。
《チェンジ・イズ・ゴナ・カム》のサムの歌唱は、いつでも僕の心を震わす。

ボブ・ディランの《風に吹かれて》に呼応して書かれたという《チェンジ・イズ・ゴナ・
カム》は、人種差別を憂い、差別のない社会が来ることを願う黒人の気持ちを代弁したも
のである。この曲に聴かれるように、”黒人”ということに自覚的だったサムは公民権運
動にも積極的だったらしい。マルコムXとも親交が深かったという。そんな世相のなか、
サムは33歳という若さで不可解な死をとげる(マルコムXもその数ヵ月後に暗殺)。サム
の死後に《チェンジ・イズ・ゴナ・カム》は追悼シングルのB面に、歌詞の一部が削除さ
れて収録された(フル・ヴァージョンは、アルバム『エイント・ザット・グッド・ニュー
ズ』に収録)。《チェンジ・イズ・ゴナ・カム》を歌うサムのソウルフルな歌唱に身を任
せていると、心の深いところから感動が押し寄せてくるのである。サムの歌を聴いたこと
がない人は、ぜひ聴いてみてほしいのである。
『PORTRAIT OF A REGEND 1951-1964』 ( SAM COOKE )
cover

1.Touch the Hem of His Garment,2.Lovable,3.You Send Me,4.Only Sixteen,
5.(I Love You) For Sentimental Reasons,6.Just for You,7.Win Your Love (For Me),
8.Everybody Loves to Cha Cha Cha,9.I'll Come Running Back to You,
10.You Were Made for Me,11.Sad Mood,12.Cupid,13.Wonderful World,14.Chain Gang,
15.Summertime,16.Little Red Rooster,17.Bring It on Home to Me,
18.Nothing Can Change This Love,19.Sugar Dumpling,20.(Ain't That) Good News,
21.Meet Me at Mary's Place,22.Twistin' the Night Away,23.Shake,
24.Tennessee Waltz,25.Another Saturday Night,26.Good Times,27.Having a Party,
28.That's Where It's At,29.Change Is Gonna Come,30.Jesus Gave Me Water

SAM COOKE(vo)
Recorded:1951〜1964
Label:Abko
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