●二度ビックリのデュークのピアノ

デューク・エリントンのピアノは凄い!しかしデュークは、単なるピアニストではない。
デュークは作曲家であり、バンド(オーケストラというほうが、本当は相応しい)・リー
ダーである。したがってデュークの業績というのは、1920年代から活躍しているデューク
・エリントン・オーケストラのバンド・リーダーとしてのほうが有名である。デュークの
音楽を意識して聴いたことがない人でも、ビッグ・バンドの定番曲の一つである《A列車
で行こう》とか、フランシス・コッポラが作った映画の「コットン・クラブ」のテーマ曲
だった《ザ・ムーチェ》とか、ヴェンチャーズが演奏する《キャラヴァン》くらいは耳に
したことがあるだろう。しかし、そのようなデュークの業績について書くことが、今回の
エッセイの目的ではない。そんなバンド・リーダーであり作曲家のデュークのピアノ演奏
は、本当に凄いという話である。
デュークのピアノ演奏には、二度ビックリさせられている。一度目は、もう20年くらい
前の話になるが、高田馬場にあるジャズ喫茶のイントロでの話だ。イントロがお聴かせ専
門のジャズ喫茶から、巨大なビデオを導入した頃のことである。たまたま行ったその日の
イントロでかかっていた(というよりも巨大なTV画面に映っていた)のが、デューク・
エリントン・オーケストラだった。画面上のデュークはいつものようにタキシードをバシ
ッと決めて、1曲終わるごとに画面からこちら(つまりカメラ)に向けて話をしていた。
そしておもむろにピアノを弾きだしたのである。そのピアノ演奏は、驚くべき事にデュー
クのオーケストラと同じ響きがしていたのだ。これには驚いた。どんな曲を演奏していた
のかは憶えていないが、その驚きだけは鮮明に覚えている。どう考えても物理的に10本の
指しかないのに、それ以上のハーモニーに聴こえることが不思議でならなかったのだ。僕
の頭の中に、デュークが只者ではないミュージシャンであるとインプットされた瞬間だっ
た。ちなみにデュークとよく比較されるカウント・ベイシーのピアノ演奏は、魅力的だと
思うけれどそのような驚きを感じたことはない。
二度目はデュークのアルバムの『マネー・ジャングル』を聴いたときである。なんという
緊張感!ただならぬ殺気のようなものが演奏に漂っている。ベースのチャールス・ミンガ
スとドラムスのマックス・ローチも本気なのがすぐにわかる。ミンガスなんか、下手をし
たら自分のリーダー・アルバムよりも本気なのではないか。デュークを前にして、二人と
も演奏のテンションの高さが尋常ではないのである。とくにタイトル・トラックの《マネ
ー・ジャングル》が凄い。冒頭のミンガスの”ドゥーン、スペペン”というベースにのせ
てマックスが全力疾走をはじめる。そこにデュークのピアノがおもむろに”ギャーン”と
入ってくる。この瞬間がたまらない。とても《A列車で行こう》のオープニングのピアノ
を弾いている人物と同じ人が、演奏しているように思えないアヴァンギャルドな響きであ
る。演奏の緊張感は、最後まで持続したままだ。デュークのピアノ演奏は斬新なフレーズ
が続出するだけでなく、驚くべき事に軽快にスィングしている。そしてその中から、じわ
ーっとマイナー・ブルースのフィーリングがせりあがってくるのだ。これがデュークのピ
アノ演奏に対する、二度目のビックリである。凄い!としか言いようのない演奏だ。この
ときデュークはなんと63歳、ミンガスは40歳、ローチは38歳。ミンガスもローチも、生涯
に残る傑作を既に吹き込んだ後である。しかしジャケットを見よ!ピアノを弾いているデ
ュークの側に来て、教えてもらっているようなローチ。ミンガスはその後ろで、懸命にピ
アノに合わせて弾いている。ヴェテラン・ジャズマンが集まってお洒落なスタンダードを
演奏しましたなどというアルバムは、どこかに消し飛んでしまう。ブラック・ミュージッ
クに少しでも関心がある人は、一度は聴いておくべきもの凄い名演である。
『MONEY JUNGLE』 ( DUKE ELLINGTON )
cover

1.MONEY JUNGLE,2.FLEURETTE AFRICAINE,3.VERY SPECIAL,4.WARM VALLEY,
5.WIG WISE,6.CARAVAN,7.SOLITUDE,+ BONUS TRACK
DUKE ELLINGTON(p),CHARLES MINGUS(b),MAX ROACH(ds)
Recorded:September 17, 1962

Producer:Alan Douglas
Label:United Artists
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