●ジャコ・パストリアスが残した名曲

ジャコ・パストリアスは、エレクトリック・ベースの素晴らしく独創的な奏法を編み出し
た天才ミュージシャンである。とくにフレットレス・ベースを使用した繊細なタッチのサ
ウンドは、その後のエレクトリック・ベースの世界を変えてしまった。しかし素晴らしい
コンポーザーでもあったことを忘れてはならない。《スリー・ビューズ・オブ・ア・シー
クレット》。この1曲をもって、ジャコの名前はベーシストとしてだけではなく、コンポ
ーザーとして僕の中でかがやき続けている。

この曲が初めて発表されたのは、当時ジャコが参加していたウェザー・リポートの傑作ア
ルバム『ナイト・パッセージ』の収録曲としてであった。ジョー・ザビヌルのシンセとウ
ェイン・ショーターのテナー・サックスをフィーチャーしたウェザー・リポートによるヴ
ァージョンも、素晴らしい演奏である。しかし決定版は、ジャコの2枚目のソロ・アルバ
ム『ワード・オブ・マウス』に収録されたヴァージョンだ。”ハーモニカおじさん”のト
ゥーツ・シールマンスをフィーチャーしたこのアルバムの《スリー・ビューズ・オブ・ア
・シークレット》は、とにかく素晴らしい。典型的な名曲・名演である。

まず曲全体の構成が凄い。ここでいう構成というのは、編曲も含めた現れてくる楽器のサ
ウンドの全てを指している。まるで音のアラベスクだ。この構成が素晴らしいために、同
じコード進行の部分でも全く異なるパートのように聴こえるのである。それぞれの楽器は
、”これしかない”というフレーズを残して、現れては消えていくのだ。ジャコがこの曲
のレコーディングで、どれだけの部分を譜面にしていたのかはわからない。演奏を聴いて
いると、多様な楽器の奏でるフレーズの殆どが、その場のジャコの感覚で決められていっ
たような気がする。ブライアン・ウィルソンやチャールス・ミンガスがやったように、口
頭でミュージシャン達に演奏の指示をしながら、自分の頭の中にあるサウンドに近づけて
いったのではないかという気がする。それをここまでまとめ上げることができたのは、や
はりジャコの才能だろう。

そして何よりもこの曲は、泣きたくなるような素晴らしいメロディという大きな魅力を持
っている。トゥーツのハーモニカがテーマを引き継ぎ、ジャコによるピアノとベース、お
よびジャック・ディジョネットのドラムスによるカルテットの演奏になったあとで、ジョ
ー・ザビヌルのようなポリフォニック・シンセサイザーが聴こえてくるところのフレーズ
はタマラナイ。この歓喜溢れると同時にメランコリックなメロディを聴くと、あまりの素
晴らしさに僕はつい泣きそうになる。涙が流れるというよりも、声を出して泣きたくなる
のだ。それほどこの部分のメロディは、感情に訴えかけてくる。嘘ではない。ぜひヘッド
フォンをつけて聴いてみてほしい。このメロディは、金管楽器が不穏なサウンドを奏でた
後にもう一度現れる。しかし、そこではホルンが素晴らしいカウンター・メロディを吹い
ているのである。普通のミュージシャンであれば、この素晴らしいメロディを繰り返した
ところで曲を終わらせてしまうであろう。しかし天才ジャコは、さらに歓喜を歌い上げる
ように曲を高域へと転調させていくのである。凄すぎる展開だ。

ジャコの本を書いたビル・ミルコウスキーという人は、この曲の展開をジャコの人生に例
えている。しかしこの曲は、一つの純粋な音楽として素晴らしい作品だ。誰もが残せるヴ
ァージョンではない。ジャコ自身も何度も再演しているが、『ワード・オブ・マウス』の
素晴らしいヴァージョンに及ぶものはなかった。ジャコのベース・テクニックが堪能でき
る作品ではないが、トゥーツ・シールマンスの得意技連発のハーモニカ・プレイによって
素晴らしいヴァージョンとなった。天才ベーシストが残したものは、独創的なベース・テ
クニックだけではなかったのである。
『Word of Mouth』 ( JACO PASTORIUS )
cover

1.Crisis, 2.3 Views of a Secret, 3.Liberty City
4.Chromatic Fantasy, 5.Blackbird, 6.Word of Mouth, 7.John and Mary

JACO PASTORIUS(elb,per,p,syn,vo)
JACK DEJOHNETTE(ds),PETER ERSKINE(ds),HERBIE HANCOCK(key),
OTHELLO MOLINEAUX(steel-ds),ROBERT THOMAS JUNIOR(per),DON ALIAS(per),
MICHEAL BRECKER(ts),WAYNE SHORTER(ts),TOOTS TEILEMANS(harp),
HOWARD JOHNSON(tuba),HUBERT LAWS(fl),TOM SCOTT(sax),
JOHN CLARK(flh),CHUCK FINDLEY(tp),etc

Recorded:1981
Producer:Jaco Pastorius
Label:Warner Brothers

    
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