●ビーチ・ボーイズのコワサ・《キャビン・エッセンス》

先日、夕暮れ時の街を車で走っていた。そのときに、ものすごい数の鳥の大群が西から東
の空に向かって飛んでいくのを見た。どのくらいの数の鳥がいたのかはわからないが、空
一面を真っ黒に変えてしまうくらいの異常な数であった。そのような非日常的な光景とい
うものは、何故だかわからないが人を不安にさせるものだ。その鳥の大群を車からぼんや
りと眺めていると、ふいに頭の中にビーチ・ボーイズの『スマイル』というアルバムのこ
とが浮かんだ。『スマイル』とは、ビーチ・ボーイズの13枚目のオリジナル・アルバム
となるはずだったアルバムである。結局発売されなかった(というよりも、完成できなか
った)ので、幻のアルバムと言われている。しかしなぜ鳥の大群でビーチ・ボーイズのア
ルバムを連想するのかは、少し説明が必要だろう。それは、このアルバムに収録される予
定だった《キャビン・エッセンス》という曲によるものである。

《キャビン・エッセンス》という曲は、”ウェスタン・アメリカーナ”と言われるアメリ
カの西進主義をアルバム・コンセプトとしていた『スマイル』の一翼を担う曲であった。
そこには、これまでのビーチ・ボーイズのトレード・マークとも言えた、”海”や”恋”
や”女の子”は登場しない。この曲で表現されているのは、喉かな生活が変質していく姿
である。《キャビン・エッセンス》では、穏やかな山荘での様子と、鉄道がどんどん開通
していく様子が交互に表現される。そして曲の最後の部分で、とうもろこし畑を開墾して
鉄道を敷設していく中国人労働者の姿が描かれる。これらのイメージは、歌詞による直接
的な表現だけでなく、”これ以上は描きようがないくらい”に的確にサウンドで表現され
るのだ。それが凄い。その映像的なサウンドは、畏怖心を抱かせる。コワイのである。
冒頭の喉かな山荘の風景が、現実的な鉄道工事現場の風景に変わり、それがやがて”非現
実的な不安感を抱かせる光景”に変わるのだ。その非現実的な光景に変わるキーポイント
が、凄まじいサウンドで表現される鳥の大群なのである。この最後の部分を聴いていると
、工具を片手に夕暮れ時のとうもろこし畑近くの鉄道工事現場を歩く中国人労働者の姿が
浮かんでくる。そしてとうもろこし畑から次々に鳥の声が聞こえてきて、やがて労働者の
前に広がる空一面がその鳥たちで覆われていく様子がイメージとして浮かんでくるのだ。

僕が車の中から見た異常なまでに多い鳥の大群は、ただ西から東の空へ飛んでいっただけ
であった。しかし日常では殆ど見ることの無いその大群を見たときに感じたのは、やはり
不安感である。近頃の街中では、人間のエゴによって進められた都市開発のために、それ
だけの鳥の大群がとまれるような森や林は殆どなくなった。それらの宿木を探す鳥の大群
が不安感を抱かせるのは、どこかに文明への警鐘を感じるからだろうか。ビーチ・ボーイ
ズのブライアン・ウィルソンが《キャビン・エッセンス》で表現したのも、同じような自
然への畏怖かも知れない。それを見事にサウンドで表現しているのは驚異としかいいよう
がない。

『スマイル』は完成されなかったアルバムなので、この世には存在していない。しかし、
この《キャビン・エッセンス》のように、アルバムを構成していた断片は存在している。
現在ブライアン・ウィルソンは、『スマイル』を再構築したツァーの最中である。『ペッ
ト・サウンズ』の全曲演奏ツァーが『ペット・サウンズ』そのものではないように、『ス
マイル』再構築ツァーの中にも当然『スマイル』そのものは存在しない。しかし《キャビ
ン・エッセンス》のようなコワイ曲を聴いていると、覗いて見たくなるのは確かだ。ビー
チ・ボーイズ(というかブライアン・ウィルソン)の音楽は、やはりコワイのである。
『20/20』 ( THE BEACH BOYS )
cover

1.Do It Again, 2.I Can Hear Music, 3.Bluebirds over the Mountain,
4.Be With Me, 5.All I Want to Do, 6.Nearest Faraway Place,
7.Cotton Fields (The Cotton Song), 8.I Went to Sleep
9.Time to Get Alone, 10.Never Learn Not to Love, 11.Our Prayer
12.Cabin Essence
+
bonus track
13.Break Away, 14.Celebrate the News

THE BEACH BOYS
BRIAN WILSON, MIKE LOVE, DENNIS WILSON, CARL WILSON, AL JARDIN, BRUCE JOHNSTON

Recorded:1968
Released:Feb, 1969
Producer:The Beach Boys
Label:Capitol

    
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