●春のうららのボブ・ディラン

また春が巡ってきた。春になると必ず聴きたくなるのが、ボブ・ディランだ。今年の春は
暖かい日が多いので、よけいにそのように思うのかもしれない。僕の場合は春はディラン
、夏はビーチ・ボーイズ、秋から冬にかけては少し思索的な音楽(ジョニ・ミッチェルや
ヴァン・モリソン)やジャズと、毎年バカみたいにその繰り返しだ。このサイトのエッセ
イを見ても、それがはっきり出ている。まわって、まわって、くるくるまわる、アイ・ゲ
ット・アラウンドでありサークル・ゲームであり円ヒロシなのである。もう何十年も同じ
ことを繰り返してきたのである。バカみたいであるが、これが飽きないのだ。飽きないど
ころか、それらの音楽が年々身体の中に沁みこんでいく気がしている。”そうだったのか
”というような発見も多い。その発見が、またその音楽に新鮮さを与えるのである。だか
ら最近のヒット曲なんて、てんでわからない。アメリカン・トップ40やベスト・ヒット
・USAなど欠かさず聴いたり見たりしていたのに、いま現在の洋楽事情はよくわからな
いのだ。

でも、それでもいいのである。いまから40年近く前に録音された一つの曲が、現代の曲
より新鮮に響くのはどういうわけなのだろう。春の陽光の中で、流れてくるボブ・ディラ
ンの曲。僕にとって、これ以上の快感はない。いま特によく聴くのが《ミスター・タンブ
リンマン》だ。『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』のオリジナル・ヴァ
ージョンをよく聴く。コマーシャルでバーズの歌うこの曲が使われているが、ディランの
オリジナル・ヴァージョンは芸術なのである。あまり軽々しく”芸術”とか”アート”と
いう言葉は使いたくないのだが、それしか表現のしようがない。バーズのヴァージョンは
、ロジャー・マッギンの12弦ギターによる素晴らしいイントロがついている。あのイン
トロによって、バーズの歌う《ミスター・タンブリンマン》は永遠に心に残る名演となっ
た。ディランのヴァージョンは、普通のギターによるイントロでいきなり始る。全く印象
的ではない、始り方である。しかしディランが歌いだしたとたんに、まわりに朝靄が立ち
込める森の中にいるような幻想的な雰囲気を感じる。かと思えば、少しばかり外の日が差
し込んでいるような、ニューヨークの片隅にある薄暗いコーヒー・ハウスの中に座ってい
て、眼の前で若かりし頃のディランが演奏しているような気になったりもする。なんとい
うか、バックのサウンドを含めたディランのパフォーマンス全体がとても映像的なのであ
る。昨今の明るいだけのヒット曲を聴いても、全く感じることはない不思議な感覚に包ま
れるのである。

バンドによるバーズのヴァージョンや『武道館』のヴァージョンも秀逸なのだが、春の暖
かい日差しの中で聴きたくなるのはオリジナル・ヴァージョンしかない。しかしこれが、
もしディラン一人の弾き語りであったならば、ここまで幻想的な雰囲気を与えることがで
きたのかわからない。このヴァージョンが映像的なイメージを与えるのは、バックに入っ
ているエレクトリック・ギターによるものだと思っている。アルペジオによる煌びやかな
サウンドが、ディランのパフォーマンスを映像的なものにしているのである。単純なこと
なのだが、これはジャズとかクラシックの”名演”に値するものではないだろうか。この
ヴァージョンを録音したときのセッションで、ディランがもう一度この曲を演奏したとし
ても同じ情感が出せたかどうかは不明だ。同じような編成の『ロイヤル・アルバート・ホ
ール』や『バングラディッシュ』のヴァージョンを聴いても、あまり映像的なイメージは
湧いてこないのである。もちろんこれは僕一人の感覚だ。他の人がどうかはわからない。
しかしそのような、簡単には説明することのできない不思議な魅力が、この曲に宿ってい
ることは間違いない。こんな単純なコード進行の曲が、なぜこんなに魅力的に響くのか。
それが本物の音楽だけが持つパワーであり、不思議なところでもある。
『 Bringing It All Back Home 』 ( BOB DYLAN )
cover

1.Subterranean Homesick Blues, 2.She Belongs to Me
3.Maggie's Farm, 4.Love Minus Zero/No Limit, 5.Outlaw Blues
6.On the Road Again, 7.Bob Dylan's 115th Dream
8.Mr. Tambourine Man, 9.Gates of Eden
10.It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)
11.It's All Over Now, Baby Blue

BOB DYLAN(vo,g,har)

Producer:Tom Wilson
Label:Columbia
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