リズム&ブルース(以下、R&Bとする)とジャズとの境目というのは、明確であるよう でいて極めて曖昧である。モダン・ジャズと呼ばれた音楽を演奏した多くのミュージシャ ンが、若い頃R&Bバンドにいたという事実がそれを物語っている。例えばダイナ・ワシ ントンは日本ではジャズ・ボーカリストとして知られているが、アメリカでは初期のR& Bの代表的な歌手としても知られている。ジョン・コルトレーンのような”深刻ぶって聴 くジャズ”の代表のようなミュージシャンでさえ、R&Bバンド出身である。クリフォー ド・ブラウンやオーネット・コールマンといったなんとなく意外な人も、R&Bバンド出 身だったりするのだ。このことからもわかるように、ジャズとR&Bの関係はとても興味 深いものがある。そもそもR&Bというのは、戦後のボーカル入りのブラック・ミュージ ックの総称として使われていたらしく、その中にはブルースもジャズも含まれていた。そ の中から個々の様々な要素が発展して、後のソウルやモダン・ジャズへと発展していった と考えた方が良いのかも知れない。ダイナ・ワシントンもレイ・チャールズもジェームス ・ブラウンもホイットニー・ヒューストンも全て含んでしまうほど、R&Bという音楽は 幅広いものなのである。 ”ジャズの宝庫”ともいえるアルフレッド・ライオンのブルーノート・レコードにも、R &B色が濃い演奏を収録したアルバムは少なくない。なかでもR&Bチャートで成功した ジミー・スミスのアルバムや、ギタリストのグラント・グリーン絡みの作品は忘れられな い。そのような作品群が、ジミ・ヘンドリックスやブリティッシュ・ロック勢に及ぼした 影響を考えると面白いものがある(彼らの音楽からは、明らかな影響が聴き取れる)。そ のようなブルーノートのアルバムの一つ、アルト・サックス奏者のルー・ドナルドソンの 『ナチュラル・ソウル』は、もろR&Bといっても過言ではない《ファンキー・ママ》が 収録された傑作である。ブルーノート後期にはジェームス・ブラウンの曲まで取り上げフ ァンク化したドナルドソンであるが、その演奏の核にあるのは紛れも無くブルースだ。ブ ルースが基盤となっている為、チャーリー・パーカーの後継者とまで言われたビ・バップ のスタイルから、本作のようにファンキーなR&B、後のエレクトリックを取り入れたフ ァンクまで、ドナルドソンのスタイルは一貫しているといえよう。 さてその《ファンキー・ママ》であるが、バックビートで”ドッド、ドッド、ドッド、ド ッド”とくるファンキーなリズムの素晴らしさは、”ジャズは4ビートだ”と叫んでいる 人には絶対にわからないだろう。フィーチャーされるのは、アーシーでブットい音色を持 つギタリストのグラント・グリーンである。このグリーンの素晴らしいこと。テキサス・ ブルースの代表的なギタリストのクラレンス・ゲイトーマス・ブラウン(この人もデュー ク・エリントンからジャンプ・ブルースといったものまで、何でもテキサス・スタイルで 料理してしまうギタリスト)といった人が、この曲を取り上げたのも理解できる。それく らいファンキーでブルージーな演奏だ。作曲は、ブルーノート初登場のオルガン奏者のジ ョン・パットン。パットンは、後にグリーンと素晴らしいアルバムをブルーノートに残す ことになる。そしてアルバムのプロデュースは、もちろんアルフレッド・ライオン。アル フレッドらしく、レコードのA面およびB面にあたる曲順もよく考えられている。A面の ラストにあたる3曲目の《スペースマン・ツィスト》というドナルドソンの曲は、我が国 のステキなブルース・バンド「憂歌団」の名曲《パチンコ》を思わせるのが面白い。ラス トの《ナイス’ン・グリージー》でのファンキーなドナルドソンとグリーンのフレーズも 素晴らしい。中間に配されたスロー・ナンバーでのドナルドソンの演奏もさすがである。 だがやはりこのアルバムは、《ファンキー・ママ》一発で決まりである。このような演奏 の前では、結局はR&Bだジャズだといったことはどうでも良くなってしまう。ひたすら 演奏に合わせてノリまくるのみだ。こんなグルーヴィーな演奏を、ライヴで聴いてみたか ったなぁと思うのである。