●スタイリッシュでポップなマン・トラの傑作アルバム

”マン・トラ”ことマンハッタン・トランスファーというグループは、２００４年の現在
、一般にどれくらい知られているのだろうか。グラミー賞もとっているボーカル・グルー
プなのだが、最近あまり話題にのぼることが無いので少し寂しい気もする。マンハッタン
・トランスファーは男女２名づつからなる、ボーカル・グループだ。ＣＤショップでは、
ジャズのコーナーなどに置いてあるだろう。しかしその音楽は、彼らの多彩な音楽的ルー
ツを元にしたもので、ジャズという狭いジャンルだけで語るのはもったいないのである。

僕が彼らを初めて知ったのが、1980年頃だった。当時の深夜テレビの「11ｐｍ」という番
組で紹介された彼らのビデオ・クリップを見たのが最初だったと思う。そのビデオ・クリ
ップは、彼らの傑作アルバム『エクステンションズ』に収録された《トワイライト・ゾー
ン》という曲だった。同名のＳＦテレビ番組のテーマ曲を引用しながら、”どのジャンル
にも属さないような”未来志向のサウンドに仕立て上げられていたその曲（そしてファッ
ションにも）に魅了されたのだ。すぐにその曲が収録されていた『エクステンションズ』
を買ってきて驚いてしまった。なんとポップで、お洒落なアルバム。何より驚いたのが、
当時のジャズ・フュージョン界の最高のグループだったウェザー・リポートの代表曲《バ
ードランド》のカヴァーをやっていたことだ。後年、クィンシー・ジョーンズもカヴァー
したが、この”マン・トラ”の見事なカヴァー・ヴァージョンは衝撃的だった。メンバー
の１人のジャニス・シーゲルが、ウェザー・リポートのヴァージョンでジョー・ザヴィヌ
ルが弾いていたシンセサイザー・ソロの見事なヴォーカリーズを披露する。これには、ビ
ックリした。

続いては、エラ・フィッツジェラルドの1930年代のレパートリーから《ワッキー・ダスト
》。ここでも、スィング・オーケストラのサウンドをシンセサイザーだけで出していたの
で、またまたビックリである。ちなみにこのアルバムのプロデュースは、ジェイ・グレイ
ドンだ。セリーヌ・ディオンのプロデュースで有名なデヴィッド・フォスターと、エア・
プレイというバンドをやっていた人物である。デヴィッド・フォスター自身も、『エクス
テンションズ』には全面的に参加している。その他にもＴＯＴＯのジェフ・ポカーロやス
ティーブ・ルカサーなども参加しており、当時流行だったＡＯＲっぽいサウンドになって
いる。しかしプロデューサーのジェイ・グレイドンは、単なるＡＯＲ風のアルバムにして
いない。マンハッタン・トランスファーの持つ多彩な魅力を、見事にアルバムにパッケー
ジしている。

他に取り上げられた曲は、フォーク・グループのキングストン・トリオの《クー・クー・
ユー》、ドゥ・ワップのジューク・ボックス・ヒット《トゥイックル・トゥイックル》、
当時日の出の勢いだったフュージョン・グループの一つスパイロ・ジャイラの《シェイカ
ー・ソング》、そして見事なアカペラで歌われる”酔いどれシンガー”トム・ウェイツの
《異国の出来事》などヴァラエティにとんでいる。それらの全ての曲が、素晴らしい出来
なのである。ジェイ・グレイドンと”マン・トラ”のメンバーは、最初から”ジャズ”の
アルバムを作ろうなどとは考えていなかったのだろう。シンセサイザーの大胆な活用と多
彩な選曲を見事な未来風のサウンドで統一したことで、当時最先端を思わせるサウンドの
アルバムとなった。音楽関係者の注目も高かったと思う。当時の日本のブランデーのＴＶ
コマーシャルに出演するくらい、”マン・トラ”の注目度は高くなっていったのだ。

しかし実力派の”マン・トラ”は、ジャズ・ファンを満足させることも忘れてはいない。
アルバムは当時亡くなったばかりのボーカリストのエディ・ジェファーソンに捧げられて
いる。コールマン・ホーキンスの演奏を元にしたスタンダード曲《ボディ・アンド・ソウ
ル》で、歌詞の１番はコールマン・ホーキンスに、２番はエディ・ジェファーソンについ
て捧げるように歌っているのである。これが今聴くと感動的だ。買った当時は、《バード
ランド》などに耳を奪われよくわからなかったのだ。”マン・トラ”のジャズ・コーラス
・グループとしての実力が、見事に示されるのである。そして彼らは次のアルバムで、カ
ウント・ベイシーの《コーナー・ポケット》の素晴らしいヴォーカリーズでまた僕をビッ
クリさせたのだった。この頃の”マン・トラ”のアルバムには、そんな楽しい思い出があ
る。単なる傑作というだけでなく、本当にお洒落でポップで楽しい遊び心たっぷりのアル
バムなのだ。今聴いても古くない。未聴のかたは、ぜひご一聴を。

『 Extensions 』 ( MANHATTAN TRANSFER )

1.Birdland, 2.Wacky Dust, 3.Nothin' You Can Do About It 4.Coo Coo U, 5.Body And Soul 6.Twilight Zone/Twilight Tone, 7.Trickle Trickle 8.Shaker Song, 9.Foreign Affair THE MANHATTAN TRANSFER TIM HAUSER JANIS SIEGEL ALAN PAUL CHERYL BENTYNE JEFF PORCARO(ds,bongo,anvil),RALPH HUMPHREY(ds), PAULINHO DA COSTA(per,congas),DAVID HUNGATE(elb),CHUCK DOMANICO(b) MICHAEL OMARTIAN(p,rythm arrange),MICHAEL BODDICKER(syn,vocodor), GREG MATHIESON(p,syn,rythm arrange),DAVID FOSTER(p,syn), IAN UNDERWOOD(syn),JAI WINDING(p) JAY GRAYDON(elg,syn,vo),STEVE LUKEATHER(elg),JIMMY WYBLE(elg), DEAN PARKS(elg),RICHIE COLE(as),DON ROBERTS(ts,piccolo) GENE PUERLING(arrange),CLAIR FISCHER(cond) Producer:Jay Graydon Label:Atlantic