●フリー・ジャズとマリオン・ブラウンのこと

ジャズという音楽は、時代によっていろいろなスタイルの変遷を経てきた音楽である。そ
のスタイルの中に、1960年代に出てきたフリー・ジャズというものがある。フリー・ジャ
ズの中にも、通常の即興演奏に単にフリーキーな音(悪く言えば調子外れな音)を織り交
ぜるようなタイプもあれば、調性やリズムも無視して各自が自由な即興演奏を行う(悪く
言えばグチャグチャな騒音)ようなタイプまで様々なものがある。フリー・ジャズという
ものは、ジャズという”即興演奏”が大きなポイントを占める音楽を演奏するミュージシ
ャンにとって、一度は立ち止まって考えざる得ないものだったのだろう。フリー・ジャズ
が出現した後でも、保守的なヴェテラン・ミュージシャンの多くは自分のスタイルを変え
ることはなかった。しかし進歩的な考え方を持ったミュージシャンは、自分なりにフリー
の考え方や演奏スタイルを取り入れたのである。

例えば、セシル・テイラーの『ユニット・ストラクチャーズ』や、オーネット・コールマ
ンの『フリー・ジャズ』ように、フリーの概念を取り入れて独自の音楽的構成美を持つ作
品を残した人もいれば、ジョン・コルトレーンのように明らかな失敗作(『アセンション
』)を作ってしまった人もいる。僕も『アセンション』は所持しているが、購入してから
まだ10回も聴いていないだろう。このようなタイプの音楽は演奏する人にとっては面白
い場合もあるのだろうが、聴く側にとってはただの騒音でしかない。そもそもこの『アセ
ンション』という作品は、インド音楽のラーガをモティーフにして、そこにオーネット・
コールマンの作品『フリー・ジャズ』の構成や概念を参考にしたところが見受けられ、音
楽的に面白いものではない。コルトレーンとしては試してみたかった演奏フォーマットだ
ったのだろうが、音楽的に成功しているとはいえないのである。当時コルトレーンと親交
があったというシタール奏者のラヴィ・シャンカールが、コルトレーンに苦言を呈した(
というような話があった)のも無理はないだろうと思う。

60年代には猛威を振るったフリー・ジャズだが、その後の時代の変遷(70年代になるとフ
ュージョンが盛んになる)と共に、フリー系のミュージシャン達も自分の身の振り方を考
えざる得なくなったのだろう。現代音楽に理解の深いヨーロッパに渡ってより前衛的な活
動に入っていった人もいれば、スタンダードを中心に演奏する保守的なタイプになってい
った人もいる。このようなフリー・ジャズ系(アヴァン・ギャルド系とも言われる)のミ
ュージシャンを、僕もある時代には熱くなって聴いていた。現在でもその後遺症はあり、
デレク・ベイリー(この即興音楽のカリスマは、元ジャパンのデヴィッド・シルビアンが
、最近の自分のアルバムで上手い使い方をしていた)のギター・ソロ・スタンダード集の
CDも買ってしまった。全般的に殆ど聴かなくなってしまったフリー系のミュージシャン
達ではあるが、実は現在でも心にひっかかっているミュージシャンは何人かいる。

マリオン・ブラウンは、数少ないその中の一人だ。今はどうしているのだろうか。先のジ
ョン・コルトレーンの失敗作『アセンション』にも参加していた(確か初レコーディング
ではなかったか)アルト・サックス奏者だが、ポスト・フリーの活動が興味深かった人で
ある。フリー系のミュージシャンの中では、珍しく最初からコンポジション(作品)指向
の強い人であったの。このため、強く印象に残っているのである。確か初リーダー作も、
マリオンのオリジナル作品で占められていたはずだ。

70年代に入ってからは大学でマスターを取り、アメリカ政府からの補助金を受けながらア
フロ・アメリカン・フォーク・ミュージックや民族音楽の研究を行っていたのだという。
そのような背景もあってか、即興演奏そのものを突き詰めていくタイプか、現代音楽風の
作品指向に流れるフリー系ミュージシャンが多い中で、詩的なメロディが特徴的だったマ
リオンの音楽は明らかに他のミュージシャンと違っていた。1970年代の終盤には来日もし
ており、新宿の歩行者天国で確か街頭演奏をやった記憶もある。その頃のマリオンの残し
た作品に、フランスのレベールに吹き込んだ『バック・トゥ・パリ』という作品がある。
僕の個人的な愛聴盤だ。マリオンのオリジナルの代表作4曲が聴けるライヴ盤である。そ
の4曲とは、R&B調の《サンシャイン・ロード》、美しく詩的なバラードの《ノヴェン
バー・コットン・フラワー》、サンバ風なリズムで確かナベサダもレパートリーにしてい
たことがある《ラ・プラシータ》、静謐なコルトレーンの世界の影響を感じさせる《スィ
ート・アース・フライング》である。いづれもマリオンを代表する名曲だ。僕も当時アル
ト・サックスに手を染めていたので、《ラ・プラシータ》などはよく吹いたものだ。フリ
ー系出身で、マリオンのような方向にいったミュージシャンは他にいないのではないだろ
うか。

ちなみにこのアルバムでは、スタンダード曲の《ボディ・アンド・ソウル》も演奏してい
る。安酒場のミュージシャンが奏でているような”ブンチャッ、ブンチャッ”というリズ
ムのこの演奏が、僕は結構好きなのである。昨今のジャズ紹介本にはマリオンの名前はお
そらく出てこないと思うが、自己の作品(作曲)にこだわり、それをより発展させていっ
たという点において、マリオンは僕の心にひっかかり続けているのである。
『 Back To Paris 』 ( MARION BROWN )
cover

1.Sunshine Road, 2.November Cotton Flower, 3.La Placita,
4.Body And Soul, 5.Sweet Earth Flying

MARION BROWN(as), HILTON RUIZ(p), JACK GREGG(b), FREDDIE WAITS(ds)

Recorded:Feb 14, 1980 Live At "Le Dreher" Club, Paris
Producer:Jean-Paul Rodrigue and Gerard Terrones
Label:Free Lance
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