●コンサート・フォー・ジョージ

ジョージ・ハリスンが亡くなって一周忌にあたる2002年の11月29日に、イギリス
のロイヤル・アルバート・ホールで素晴らしいコンサートが開催された。ジョージの盟友
エリック・クラプトンが音楽ディレクターを務めたその素晴らしいコンサートを収録した
DVD『コンサート・フォー・ジョージ』を購入してきた。多忙だった1年を締めくくる
のにはぴったりだ。DVDには、日本でもわざわざエリック・クラプトンが来日してプレ
ミア公開された映画版と、コンサートをコンプリート収録した2枚のDVDがついている。
映画版からみることを薦める。そのあとにコンプリート版をじっくり楽しんだほうが良い
だろう。コンプリート版のほうが純粋に音楽そのものを楽しめるし、映画版に収録されな
かった曲(意外と愛らしいトム・ペティ&ハートブレイカーズの《アイ・ニード・ユー》
や、ブルージーなゲイリー・ブルッカーの《オールド・ブラウン・シュー》など)もいく
つか入っている。

コンサートそのものはジョージゆかりの人々によって、ジョージの人生に関わりのあった
ものや作品が次々と紹介されるものだ。あの「バングラディッシュのコンサート」や19
74年のアメリカ・ツアーと同様に、コンサートの前半はインド音楽が演奏される。ラヴ
ィ・シャンカールの娘アヌーシュカのエキゾックな魅力と見事なシタールに息を呑んでし
まう。ジェフ・リンと共にビートルズの《ジ・インナー・ライト》がライブで再現される
のも嬉しい。やはり美しい曲だなぁと改めて感心してしまう。そしてハイライトはラヴィ
がこの日の為に書き下ろしたという見事な《アルパン》という曲だ。インドのミュージシ
ャンとロンドンのオーケストラによって演奏されるこの曲は非常に難しい曲だが、素晴ら
しい演奏である。後半ではエリック・クラプトンがオーケストラに加わり、珍しいインド
風の即興演奏を聴かせる。インターミッションとして、これまたジョージと縁の深い(そ
して懐かしい)モンティ・パイソンの寸劇が演じられる。前半のインド音楽の雰囲気をぶ
ち壊すような《シット・オン・マイ・フェイス》(なんという題名!)と、有名な《ラン
バージャック・ソング》の2曲だが、さりげなくトム・ハンクスが参加(紹介などいっさ
いなし)しているところが凄い。
そしていよいよスペシャル・バンドの登場だ。エリック・クラプトンとジェフ・リンを中
心に《アイ・ウォント・トゥ・テル・ユー》、《イフ・アイ・ニーディッド・サムワン》
、《ギヴ・ミー・ラヴ》など次々とジョージの曲が演奏される。選曲からあの感動的だっ
た日本公演を思い出してしまった。ジョー・ブラウン、ジュールズ・ホランド&サム・ブ
ラウンなどのジョージゆかりのゲストによる演奏に続いて、トム・ペティとジェフ・リン
にジョージの息子ダーニーが加わり、トラヴェリング・ウィルベリーズが再現される。映
画版でトム・ペティによって語られる、ウィルベリーズの裏話も楽しい。次のビリー・ブ
レストンのグルーヴィなハモンド・オルガンが聴きものジョージの傑作《イズント・イッ
ト・ピティ》あたりから、コンサートはいよいよ佳境に入っていく。リンゴ・スターが登
場し、リンゴがジョージと作った最高傑作《フォトグラフ》とジョージとリンゴの共通の
ルーツ・ミュージックであるカール・パーキンスの《ハニー・ドント》が演奏される。そ
してクライマックスはポール・マッカートニーの登場だ。演奏するのは意表をついて、あ
のゲット・バック・セッションでうまれた《フォー・ユー・ブルー》だ。ポールの選曲か
、それともエリックのリクエストか。飄々としたポールには、意外と合った曲である。映
像で、ポール、リンゴ、ダーニーが並ぶと、ビートルズが再現されたような錯覚に陥る。
そしてジョージが亡くなったあとにポールが自身のコンサートで演奏してきた《サムシン
グ》が続く。エリックとポールのデュエットが素晴らしい。そして当夜のハイライトとも
いえる《オール・シングス・マスト・パス》が、なんとポールによって歌われる。これま
たポールの意向か、エリックのリクエストか。心憎い選曲である。そして恒例の《ホワイ
ル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス》。《マイ・スィート・ロード》、《ワー
・ワー》とバングラディッシュ3連発。《ワー・ワー》では、オリジナルどおりにエリッ
クのワウワウプレイが聴ける。バングラディッシュのコンサートや『オール・シングス・
マスト・パス』のような、大編成のバンドによる演奏が物凄い迫力だ。そしてアーティス
トとしてのエゴを出さずに、ここまで淡々とジョージの作品を演奏するポールに感心。
それにしてもこうしてジョージの作品を一度に聴いてみると、その”やや翳りを帯びた”
ポップな魅力に改めて気付かされた。それはまるでジョージ自身の表情のようである。エ
リックも映画の中で語っているが、ジョージの曲は非常にストレートであり、装飾的なと
ころがなく音楽的である。参加したミュージシャン達は、みなそのことを肌で体感してい
るかのようだ。音楽を通して、間違いなく”そこにいる”ジョージを感じていたであろう。
コンサートの最後は、ジョー・ブラウンによる心温まる《アイル・シー・ユー・イン・マ
イ・ドリームス》。ロイヤル・アルバート・ホールの上から花びらが雪のように舞い落ち
、ジョージの演奏中にしては思索的なフォトが見守る中コンサートは静かに幕を閉じる。
そして僕は、コンサートの主役がエリックでもポールでもリンゴでもなく、ジョージ・ハ
リソンという素晴らしいアーティストが僕らに差し出してくれた世界だったことに気が付
いたのである。