●ドナルド・バードの傑作『ブラック・バード』

前回に続いて、今回もトランペッターのドナルド・バードについて書く。
1970年代に入ったブルーノート・レコードは、俗に”LA”というシリーズで続いて
いくが、このシリーズになってからのの傑作のひとつがドナルド・バードのアルバム『ブ
ラック・バード』だ。50年代のハード・バッパーとしてのバードの音楽とは、全く異な
るサウンドである。70年代のソウル・ミュージックや後にフュージョンと呼ばれた音楽
が好きな人なら、一発でこのアルバムのサウンドが気に入るであろう。このアルバムに到
るまでのバードは、主にデューク・ピアソンとの共同作業でスピリチュアルやブラジリア
ン・フレーヴァーの音楽を追求してきた。そこに一貫しているのは、グループとしてのサ
ウンド指向である。『ブラック・バード』ではそれを数歩も推し進め、見事なアンサンブ
ルを聴かせている。その立役者は、アレンジを担当したラリー・ミゼルだ。ミゼルは全曲
の作曲とアレンジを担当しているので、実質的にはバードをソロイストとして迎えたミゼ
ルのアルバムといっても良い。そのサウンドはもはやジャズというよりも、ソウル・ミュ
ージックやフュージョン・ミュージックの香りでいっぱいである。とくにバックを固める
ミュージシャンとして、後のフュージョン界の人気バンドクルセイダーズのジョー・サン
プルとウィルトン・フェルダー、リー・リトナーのジェントル・ソウツで名前が知られた
ドラマーのハーヴィー・メイソン、いつでも素晴らしすぎるギターを聴かせるデヴィッド
・T・ウォーカー、ピンク・レディのコンサートでもベースを弾いたチャック・レイニー
などが揃っているので、70年代後半に花開くフュージョン・ミュージックの香りはプン
プンだ。このような未来のスター達を従えて、マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワン
ダーといった人達が推し進めていた新しいソウル・ミュージックとしての形を取り入れな
がら、バードとミゼルは共同で新しいブラック・ミュージックを提示したのである。その
サウンドの統一感は見事である。俗に”スカイ・ハイ”ミュージックとも呼ばれるその音
楽は、ひたすらグルーヴして心地良い音楽だ。その心地良さの源というのは、ロジャー・
グレン(彼は明らかにもう一人の主役だ)の吹く軽やかなフルート、グルーヴするリズム
、そしてコーラスだ。バード自身もボーカルを披露しているのである。でも軽やかな曲ば
かりでなく、同じトランペッターのマイルス・デイヴィスが73年頃に演奏していたよう
なアフロ・アメリカン調の曲もある。だが僕がまいっているのは、70年代後半のフュー
ジョンを先取りしたような《ラヴ、ズ・ソー・ファー・アウェイ》、子ども時代に見てい
たTVドラマ「寺内貫太郎一家」の音楽(井上堯之バンド)なんかに大きく影響を与えた
と思われる《スカイ・ハイ》、そしてラストの感動的な《ホェアー・アー・ウィー・ゴー
イング》だ。ジョー・サンプルの弾くピアノの音色が気持ちよい。デヴィッド・T・ウォ
ーカーも得意技を繰り出す。そしてメロディが、そのまま歌になっている。ジャズ・ファ
ン以外の人が意外と知らない、ブラック・ミュージックの傑作アルバムだ。