●ドナルド・バードのスピリチュアルなジャズ

「親父は牧師だった。スピリチュアル風のオリジナルばかり集めたアルバムを作るのが夢
だった。僕らがやろうとしたのは、現代風の賛美歌集を作ること。昔のニューオリンズで
は、ジャズメンが宗教音楽を奏でるのはごく当たり前のことだった。僕らは敬意を払いつ
つ、楽しみながらそういった伝統にアプローチしたんだ」、このアルバムのリーダーであ
る、トランペッターのドナルド・バードがアルバム解説で語っている言葉である。そのア
ルバムとは、モダン・ジャズと宗教音楽を現代的な感覚で融合させた『ア・ニュー・パー
スペクティヴ』のことである。初期の代表作の『フュエゴ』でも《エイメン》という自ら
のルーツに基づいた演奏を聴かせていたドナルドだが、『ア・ニュー・パースペクティヴ
』は、ブルーノート・レコードのアルフレッド・ライオンのプロデュースのもとで上記の
言葉にある夢を具体化させたアルバムだ。

クレジットは、ドナルド・バード・バンド&ボイシスとなっている。このクレジットどお
り8人編成のコーラス隊が参加している。ドナルドによればこのコーラス隊は、賑やかな
ゴスペルというよりも、19世紀などにアメリカ全土を旅して廻ったクワイア隊などのス
ピリチュアルなスタイルを受け継ぐものらしい。その言葉どおり、会社がえりにOLが習
う楽しいゴスペル・コーラスとは異なる静謐な感覚に満ちている。その違いというのは、
僕らみたいな日本人にはやはり感覚として理解しがたい。しかし音楽は素晴らしく、タイ
トルどおりジャズの”新しい展開”を示しているといえよう。
リーダーであるドナルドのトランペット以外のバンド・メンバーは、ハンク・モブレーの
サックス、ドナルド・ベストのヴァイブ、ケニー・バレルのギター、ハービー・ハンコッ
クのピアノ、ブッチ・ウォーレンのベース、レックス・ハンフリーのドラムスである。随
所で見事なバッキングを披露するハンコックが素晴らしい。ケニー・バレルの起用は、ラ
イオンのアイディアだろうか。主役のバードも、歌うようなメロディアスなソロで僕を魅
了する。なんといっても素晴らしいのが、このアルバムのアレンジを手がけたデューク・
ピアソン作の傑作《クリスト・リデンター》だ。他のミュージシャンのカバーも多いこの
曲のメロディは、一度聴いたら忘れがたいものだ。アフロ・アメリカンのリズムとスピリ
チュアルを融合させたような躍動感溢れる《ザ・ブラック・ディサイプル》も良い。モブ
レー、バレル、ハンコックなどのソロになると、ジャズとしての魅力が充満するのが不思
議である。そのようなジャズとしての魅力溢れる部分をしっかりと残しているのも、この
アルバムを語るときに忘れてはならないことだと思う。
そんなこのアルバムだが、マーティン・ルーサー・キング牧師の葬式にこのアルバムの音
楽が使われたのを始め、黒人の大きな宗教的儀式の音楽として頻繁に使用されているらし
い。このアルバムの音楽のもつ崇高なイメージが、そのような儀式にピッタリなのだろう。
でも僕は、素直にこのアルバムの音楽のわかりやすさを楽しんでいる。宗教的な背景など
はわからなくても、”こういった音楽に真面目に取り組んだ”というバードの気持ちは十
分に伝わってくるからだ。以降バードは”広義な意味でのブラック・ミュージックの新た
な展開”を推し進め、それがあのラリー・ミゼルとの見事なコラボレーションである『ブ
ラック・バード』の大ヒットに繋がっていったのだろう。斬新なデザインのジャケット(
ブルーノートの数々のアルバム・ジャケットをデザインしたリード・マイルスが自らのベ
ストに選んでいる)も素晴らしいこのアルバムは、このようなジャズもあるのかと思うか
も知れないが聴きやすいアルバムだと思う。