●失われた傑作『スイート・インサニティ』/ブライアン・ウィルソン

ブライアン・ウィルソンの2枚目のソロアルバムになるはずだったアルバムが、失われた
傑作の『スイート・インサニティ』である。前作の『ブライアン・ウィルソン』よりも、
楽曲全体のクオリティは高いと思うのだが、レコード会社(ワーナー・ブラザーズ)の意
向で発売されなかった。当時、ブライアンのことを公私にわたって面倒をみていた精神科
医のドクター・ユージーン・ランディとの著作権問題もあり、正式発売は難しいのかもし
れない。でもこのアルバム、埋もれたままにしておくにはあまりにもったいないのだ。も
っと多くの人に聴いてもらいたいのである。もっとも、熱心なブライアン・ウィルソンの
ファンであれば、とっくに入手して聴いているとは思うけど。アルバムの正式な曲順は定
かではないが、私の持っているプライベート盤(ヴィゴトーン・レーベル)の曲順に従っ
て1曲ごとにコメントしてみよう。

1曲目は、コンサートの始りを告げるアカペラの《コンサート・トゥナイト》。このアル
バムが正式発売されていたら、コンサートの始る前に会場に流れたであろう。
2曲目のアップテンポな《サムシング・トゥ・ラヴ》は、久しぶりにソウルフルなブライ
アンのボーカルが聴きもの。
3曲目はカントリー・タッチの楽しい《ウォーター・ビルズ・アップ》。後半のキーボー
ドのアレンジはブライアンによるものなのだろうか、とても印象的だ。
4曲目はブライアンの天才が迸る珠玉のメロディの《ドン’ト・レット・ハー・ノウ》。
バイオリンやホルンのアレンジ、ミドルエイトの部分のメロディよりも印象的なバック・
コーラス、間奏のトランペットなど、従来のブライアンの曲になかったような要素がたく
さんつまっている名曲だ。このアルバムを買ってきた時期には、この曲ばかり聴いていた。
大好きな曲である。
5曲は、カリビアンな感じの《アイ・ドゥ(別名:ドゥ・ユー・ハヴ・エニー・リグレッ
ツ)》。ベースが印象的だ。我が国のビーチ・ボーイズ・フリークとしられる山下達郎が
1982年に発表した《高気圧ガール》という曲に似ているのが面白い。
6曲目は、この曲を聴いてレコード会社の幹部が難色を示したという問題の《サンキュー
(別名:ブライアン)》。曲自体は美しいのだが、その歌詞のあまりに私的な内容を思う
と、アメリカという国では受け入れられないタイプの曲だと感じる。
7曲目は、前作の流れをくんでいるようなアップテンポ・ナンバーの《ホッター》。
8曲目は、ビーチ・ボーイズの25周年記念のハワイ・コンサートTVスペシャルで正式
発表された名曲《スピリット・オブ・ロックン’ロール》。このブライアンのヴァージョ
ンでは、なんとボブ・ディラン!!が突然のごとく登場し、ブライアンとの掛け合いボー
カルを聴かせるのだ。このアルバムの、大きな目玉である。
9曲目は、美しいスロー・タッチの《レインボウ・アイズ》。ブライアンの曲らしい、聴
き手の予想を超える転調とメロディが聴きもの。まさに、”マジック・メロディ”である。
最後に、ちょっとサイケ時代のビートルズ風になるところも面白い。
10曲目は、オールディーズ・タッチの《ラヴ・ヤ》。”ホッホー”というブライアンの
ボーカルに、当時のブライアンの調子の良さを感じる。
11曲目は、《メイク・ア・ウィッシュ》。ビーチ・ボーイズの《ワイルド・ハニー》を
思わせるサイレンのような音と、分厚いコーラスが印象的。
12曲目は、ブライアンが初めてラップに挑んだ《スマート・ガールズ》。自伝によると
、女性を讃えるラップであるらしい。《サーフィン・USA》、《アイ・ゲット・アラウ
ンド》、《409》、《ファン・ファン・ファン》、《グッド・ヴァイブレーション》な
どのビーチ・ボーイズが顔を覗かせる。これも権利関係の問題が大きく絡んでいるのだろ
うな。何曲隠れているのか探してみるのも面白いだろう。
13曲目は、これまたあまりにも有名な失われたビーチ・ボーイズのアルバム『スマイル
』で試した事のある”動物の鳴き声”のコーラスを使ったアップ・テンポのロック・ナン
バーの《カントリー・フィーリン》。

このアルバムは割合容易に入手が可能なので、ぜひ聴いてみてほしい。ブライアン・ウィ
ルソンという偉大なアーティストに対する皆さんの認識が、一段と深まるであろう。