●タペストリー(つづれおり)/キャロル・キング

ポップスの世界には、時代を超えた名盤が数多く存在する。そのアルバムが人々の心に残
る名盤となる理由はいろいろとあると思うが、”名曲の含有率が高い”というのは名盤の
条件としては最も相応しいものではないだろうか。しかし名曲を並べただけのベスト盤が
名盤には必ずしもならないように、”名曲”が単に多いだけでは名盤にはならない。例え
ば”アルバム・コンセプト”や”曲の流れ”のような別の要因が加わることで、時代を超
えた名盤というものが生まれるのである。キャロル・キングの1971年のアルバム『タ
ペストリー(邦題:つづれおり)』は、この名盤になる類稀な条件をクリアしている数少
ないアルバムの一つである。
なんといっても、その”名曲”の含有率が凄い。《スマックウォーター・ジャック》のみ
毛色が異なるが、あとの曲は全てが名曲といってしまって良いほどだ。なかでも《アイ・
フィール・ザ・アース・ムーヴ》、《ソー・ファー・アウェイ》、《イッツ・トゥ・レイ
ト》と続く冒頭の名曲3連発だけでなく《ホーム・アゲイン》と4連発も続くのだ。LP
レコードのB面1曲目にあたる7曲目の《ユー・ヴ・ガッタ・フレンド》や、アルバム・
タイトル・ナンバーの《タペストリー》も見事な曲である。そして更にキャロルが60年
代に黒人女性グループのシュレルズに提供した珠玉の名曲《ウィル・ユー・ラブ・ミー・
トゥモロー》と、”レディ・ソウル”アレサ・フランクリンの名唱も忘れられない《ア・
ナチュラル・ウーマン》というキャロルの代表曲が2曲セルフカバーで収録されているの
である。こんなに名曲が入っていると互いの曲の良さが目立たなくなってしまいがちなの
であるが、そう感じさせない見事な曲順だ。この曲順がアルバム自体を聴きやすいものに
しているばかりか、それぞれの曲の良さを引き立てているのである。
演奏も特筆すべきであろう。曲にぴったりのナチュラルでグルーヴするサウンドは、少し
後に続いたわが国にも多大な影響を与えた。荒井由実、吉田美奈子、矢野顕子といった人
達の初期のアルバムには、このアルバムの多大なエコーを聴き取ることができる。
曲の良さと演奏の魅力的なグルーヴ感のせいか、クルセイダーズとかフィル・アップチャ
ーチといったフュージョン系のミュージシャンのアルバムでも、このアルバムの曲が取り
上げられていた。
このように”名盤”としての魅力的な条件が、たくさん揃っている『タペストリー』であ
るが、収録された曲は、当時のキャロルの身辺にあった”別れ”と”新しい生活の始り”
を歌ったものが殆どだ。それは、60年代にソングライター・チームの<ゴフィン&キン
グ>(リトル・エヴァが歌った《ロコモーション》が有名)として長年連れ添った夫のゲ
リー・ゴフィンとの別れであり、新生活のパートナーでこのアルバムでもベーシストとし
て演奏しているチャールズ・ラーキーとの愛の始りである。とりわけ新しいパートナーの
ラーキーへの素直な気持ちを歌った曲が心を打つ。アルバムでは、そのラーキーが全曲し
っかりとサポートしており、聴いていると二人の愛の交換日記を覗いているような気持ち
にさえなってくる。旧作の中からセルフカバーした2曲が新しい曲の中に違和感無く溶け
込んでいるのも、キャロルが一人の女性としての純粋な感情をこれらの曲にこめて歌って
いるからだ。既に十分に名声を成していたキャロルにとって、一人の女性としての素直な
感情を吐露したようなこのアルバムの最後を飾るのにふさわしい曲は《ア・ナチュラル・
ウーマン》以外になかったのだろう。その《ア・ナチュラル・ウーマン》は、ラーキーの
ベースとのデュエットで奏でられるのである。キャロルの真摯な気持ちが心にしみいって
くるような、見事なヴァージョンだ。”名曲”、”名演奏”、”見事な曲順”、”コンセ
プト(別れと新しい恋愛生活)”と、名盤にならないほうがおかしいくらいの条件が揃っ
た素晴らしいアルバムなのである。