●フェイス・トゥ・フェイス/ベイビー・フェイス・ウィレット

ベイビー・フェイス・ウィレットという不思議な名前のミュージシャンとの出会いは、朝
日文庫から発売されてい「ブルーノート再入門」という本がきっかけだ。この本は、音楽
評論家、ジャズ喫茶のマスター、ジャズ専門レコード店の店主、クラブ系DJなどの様々
な立場の人の意見から”ブルーノート”というレーベルの持つ魅力を多角的に示した名著
である。その中で、80年代にTVのポッパーズMTVで個人的嗜好の強いミュージック
ビデオを多数紹介していたピータ・バラカンさんが、ブルーノートのオルガニスト達を中
心としたオルガン・ジャズについての一文を寄せていたのである。この文章にはピーター
さんが80年代のドラム・マシーン・サウンドに辟易してジャズを再び聴きだしていく中
で、パーティで出会ったオルガン・ジャズとの出会いをきっかけにどんどんとオルガン・
ジャズにハマッていく様子が熱く記されている。その中でピーターさん自身によって語ら
れるベイビー・フェイス・ウィレットとの”衝撃的な出会い”は、僕の好奇心を一気にオ
ルガン・ジャズに向かわせることとなった。そしてピーターさんが紹介していたオルガニ
スト達、ジョン・パットン、フレディー・ローチ、シャーリー・スコット、ロニー・スミ
ス、ルーベン・ウィルソン、ジャック、マクダフ、リチャード・グルーヴ・ホルムズなど
といった人達のアルバムを買い漁るようになっていったのである。
ベイビー・フェイス・ウィレットの演奏には、グラント・グリーンの初リーダー作である
『グランツ・ファースト・スタンド』で接することができた。ピーターさんと同じ、道程
である。でも肝腎のベイビー・フェイス・ウィレット自身のリーダー作は、ブルーノート
を離れてからのアーゴというレーベルに移ってからの2枚しかその当時は買わなかった。
しかしここになって、東芝EMIから名エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダー自身がリ
マスタリングを行った”RVG”シリーズがアンコール・プレスされることになったので
、買いそびれていたベイビー・フェイス・ウィレット自身の初リーダー作『フェイス・ト
ゥ・フェイス』を購入したのである。このアルバムは先ほどのグラント・グリーンのアル
バム『グランツ・ファースト・スタンド』の2日後の録音であり、全く同じメンバーにサ
ックスのフレッド・ジャクソンが加わったのみである。兄弟アルバムのようなものだ。一
気に続けてこういった無名の新人に初リーダー作のチャンスを与えるところに、ブルーノ
ート・レコード(つまりはプロデューサーのアルフレッド・ライオン)のプライドを感じ
る。『グランツ・ファースト・スタンド』でまずギタリストのグリーンにチャンスを与え
たライオンは、このオルガン・トリオ(ギターのグリーン、オルガンのウィレット、ドラ
ムのベン・ディクソン)の作り出すグルーヴに熱狂を憶えたのだろう。R&Bの色が濃い
オルガン・トリオに最も似合うもう一つの楽器、テナー・サックスを加えてレコーディン
グを試みる。今度のリーダーはウィレットにして、5曲のオリジナルを準備させる。そう
して録音されたこの『フェイス・トゥ・フェイス』は、今ではオルガン・ジャズの古典と
言われるまでになった。その名のとおりR&Bとビ・バップとブルースがどろりと溶け合
ったようなサウンドは、聴いている僕らをチトリン・サーキットに連れ出してくれるかの
ようだ。グリーンのアルバム以上に、ウィレットは張り切っている。チャーリー・パーカ
ーに影響を受けたという、鶏の声のような素早い個性的なフレーズが全開である。出来も
後年のアーゴ盤よりも数段良い(これはメンバーのせいであろう)。それから特筆しなけ
ればならないのが、ナチュラル・ディストーションのかかったグリーンのサウンド!偶然
なのだろうか、それとも音楽に合わせたのだろうか。ヴァン・ゲルダーがいるので偶然と
いうことは無いと思うが、そのサウンドは流麗なジャズ・ギター・サウンドしか聴いたこ
とのない人にはショッキングであろう。ジミ・ヘンドリックスが、名盤『エレクトリック
・レディ・ランド』でこのアルバムと同じ編成の録音を残している。ブルーノートの最大
のスターだった、ジミー・スミスのアルバムを意識したレコーディングだったらしい。こ
の時代のR&B色が強いこれらのブラック・ミュージックは、ジミ・ヘンドリックスのよ
うな人にも大きな影響を与えたのだろう。ジミはこのアルバムを聴いていたかもしれない。
ブルーズ・ロックが好きな人でこれらの音楽を聴いたことの無い人には、ぜひ一聴をお薦
めする。一聴すれば忽ち、ピーターさんや僕のようにたちまちオルガン・ジャズの虜にな
ってしまうに違いない。