●《サムシング》よりも素晴らしいジョージの曲

『オール・シングス・マスト・パス』、「バングラディッシュのコンサート」に続くジョ
ージ・ハリスンの傑作アルバムがこの『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』
(1973年)だ。全米ナンバー・ワンとなった《ギヴ・ミー・ラヴ》を筆頭に、《ビー・ヒ
ア・ナウ》、《フー・キャン・シー・イット》、《ザ・デイ・ザ・ワールド・ゲッツ・ラ
ウンド》、《ザット・イズ・オール》といったシンプルでアコースティックな佳曲が並ぶ
素晴らしいアルバムである。主として”愛”をテーマにした歌詞は宗教色が濃いものだが
、”神への愛”を通して人間としての自分自身を見つめているようでもあり、とても思索
的なものだ。
当事のジョージが置かれていた状況というは、母ルイーズの死、「バングラディッシュの
コンサート」の収益をめぐるゴタゴタ、そして盟友であるエリック・クラプトンと当事の
妻パティの仲など、精神的に厳しい状況であったといえる。そのような状況において、こ
のアルバムに含まれているような優れた曲を多く作り上げることができたのは、やはり一
途な信仰心あってのことだろうか。内省的でもある歌詞を見ると、混沌としていた周囲の
状況には惑わされていない精神的な落ち着きを強く感じる。そのような精神的な強さが、
思索的な歌詞と共にシンプルで静かな愛の歌をジョージにもたらしたのだろう。
ジョージの曲を彩るリンゴ・スター、ニッキー・ホプキンス、ゲイリー・ライト、クラウ
ス・ヴァーマンといったミュージシャン達の演奏も素晴らしい。またソロ時代のジョージ
のトレード・マークとなった、スライド・ギターがたっぷりと聴けるのが嬉しい。
そして何よりこのアルバムには、僕がジョージの最高傑作と思っている素晴らしい曲が収
録されている。《サムシング》や《タックスマン》よりも素晴らしいと思っている曲だ。
その曲は、《ザ・ライト・ザット・ハズ・ライテッド・ザ・ワールド》である。ニッキー
・ホプキンスのピアノに載せて、静かにジョージが歌いあげるこの曲は本当にまいってし
まう。ちなみにタイトルの”ザ・ライト”とは”神の光”のことだが、歌われている内容
は決して宗教のことだけではない。曲のテーマは一人の人間としての成長であり、希望と
感謝の心である。人間としての変化(成長)について、ジョージは淡々と歌い上げている。
この曲はシラ・ブラックに提供する予定だったというが(このアルバムには他にもジェ
シー・エド・デイビスに提供した《スー・ミー・スー・ユー・ブルース》や、ロニー・ス
ペクターに提供した《トライ・サム・バイ・サム》が収録されている)、宗教を通して真
摯に生きることの意味を考えるジョージにぴったりの曲だ。そして曲の印象を決定づけて
いるニッキー・ホプキンスの素晴らしいピアノと、一瞬の煌きのような本当に素晴らしい
ジョージのスライド・ギター。ジョージのスライド・ギターというのは、例えばデュアン
・オールマンのようにブルージーでスケールの大きなものではないのでが、何と言うか堪
らない味わいがある。その代表的なものが、この《ザ・ライト・ザット・ハズ・ライテッ
ド・ザ・ワールド》の間奏部分のソロだ。もの凄く純粋に音楽的で素晴らしい。元ビート
ルズの4人の中で、この曲のようなピュアに音楽的な曲を作ったのはジョージだけではな
いか。そして僕はこのアルバムをかけるときには、素晴らしい間奏のソロを聴きたいため
に何回もこの曲をリピートして聴いてしまうのだ。ジョージの素晴らしい曲は、《サムシ
ング》や《ヒア・カム・ザ・サン》だけではないのである。