●クリード・テイラーとウェス・モンゴメリー(後編)

クリード・テイラーのプロデュースによるウェス・モンゴメリーのA&M3部作の最初の
1枚『ア・ディ・イン・ザ・ライフ』は、同名のタイトル曲で幕をあける。当時発売され
たばかりのビートルズの傑作アルバム『サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・
クラブ・バンド』の最終曲であったこの曲をアルバムのトップに持ってくるという、聴き
手の度肝を抜くクリード・テイラーの演出だ。ウェスのこのアルバムのレコーディングは
、1967年の6月である。ビートルズの『サージェント〜』の発売も同年同月なので、驚く
べき短期間で選曲からレコーディングまで済ませたことになる。『サージェント〜』の中
でも最もプログレッシヴなこの曲をほぼそのままのアレンジでカバーしたところに、単な
る”売らんかな”以上のクリードのこのアルバムへの思いを感じる。このような話題性も
あってか、このウェスのアルバムはポップ・チャートでも成功を収めた。ベスト・トラッ
クはパーシー・スレッジのR&Bナンバー《男が女を愛するとき》だ。ドン・セベスキー
のアレンジが素晴らしい。この曲のプロダクションは、ブライアン・ウィルソンの『ペッ
ト・サウンズ』のプロダクションに匹敵すると思う。クリードとウェスが、ドン・セベス
キーの助けを借りてジャズを超えた瞬間だ。2作目の『ダウン・ヒア・オン・ザ・グラウ
ンド』では、クリードは映画音楽を中心にした作品を作ろうとしたのだろうか。《アザー
・マンズ・グラス》や《瞳をみつめて》などの素晴らしいトラックはあるが、アルバムと
しては統一感に欠ける感じは否めない。ただ構成としては、3部作の最終作にして最高傑
作となった『ロード・ソング』の雛型のようにも感じられ興味深い。
その最高傑作でウェスの遺作となった『ロード・ソング』は、木管楽器とストリングスを
中心とした『ダウン・ヒア・オン・ザ・グラウンド』のアレンジと構成をベースにして、
バロック音楽の要素と金管楽器を加えている。ハービ・ハンコックを中心としたピアノ・
トリオにコンガが加わったコンボ演奏だけでも十分素晴らしい演奏なのだが、ドン・セベ
スキーによる上記ような編成の斬新なアレンジが加わることによって非の打ち所の無い音
楽となった。しかし何よりも素晴らしいのが、主役のウェスのギターであることは言うま
でも無い。ベスト・トラックは、《フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン》である。主役のウ
ェス、ハービーを中心としたバックのコンボ演奏、バロック風味のドンのアレンジ、そし
てそれらを余す所無く捉えたルディ・ヴァン・ゲルダーの素晴らしいレコーディング。ど
れを取っても素晴らしい。特にウェスの短いけれどもダイナミックで歌心にあふれたソロ
は特筆ものだ。僕は、この《フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン》が、全てのジャンルを含
んだギターで演奏された音楽の中で、ベスト1だと思っているのだ。余談になるが、この
曲でハービーが弾いているピアノはエレクトリック・ピアノではないか。ハービーはマイ
ルス・デイヴィスのセッションで、エレピに触れていたはずである。詳細は不明だが、こ
のハービーによるエレピのようなバッキングがウェスのギターとサウンド的に物凄くマッ
チしてカッコ良い。この曲の他のウェスの演奏も、ほんのちょっとした間や、弦を弾くと
きの強さ、アンプを通した音色といった全てが、比類するもののない素晴らしさだ。表題
曲や愛妻の捧げた《セレーン》といったウェスのオリジナルも素晴らしいし、最後のフォ
ーク歌手のピート・シーガー作の《花はどこにいった》のソロも物凄くダイナミックに歌
っている。
A&M3部作に到るまでのクリードとウェスの関係は、ウェスのご機嫌を伺いながらクリ
ードが主導しているようなところも感じられるが、『ア・ディ・イン・ザ・ライフ』の成
功が2人の間に真の信頼関係を築いたのではないか。斬新なドン・セベスキーのアレンジ
の力を借りて、ジャズでもなくムード音楽でもない”本物の音楽”を作り出したのである。
その2人の最終到達点となった『ロード・ソング』は、あらゆるジャンルを超えた独創的
な素晴らしい音楽なのだと僕は確信しているのである。