●大好きなチャールス・ミンガスのアルバムは?

ミンガスという人のことを初めてしったのは、当時ロック3大ギタリストの一人と言われ
ていたジェフ・ベックのアルバム『ワイアード』においてである。このアルバムに、ミン
ガスの曲《グッドバイ・ポーク・パイ・ハット》が収録されていた。後年になって、ジョ
ニ・ミッチェルやギル・エヴァンス・オーケストラも取り上げ、新しいジャズのスタンダ
ードとなったこの曲に目をつけたジェフ・ベックのセンスは注目に値する。少し話しはそ
れたが、この曲のコード進行がなんともいえず魅力的で、作曲したミンガスという人につ
いて興味がわいたのだ。少ない情報(今のようにインターネットなどなかったので)の中
で調べてみると、ジャズの偉大な人の一人らしい。植草甚一という人の書いたエッセイ等
を読んでみると、ジャズクラブで客と喧嘩したとか、バンドメンバーの一人を殴って歯を
折ったなどという武勇伝ばかりが伝わってくる。そんな中、その当時の音楽雑誌に掲載さ
れた、当時のアメリカ大統領カーター主催のホワイト・ハウスでのジャズ・パーティー写
真がもうひとつのミンガスのイメージを僕に伝える。その写真の中で、病魔に冒され車椅
子の人をなっていた当時のミンガスは、カーター大統領に片に手を置かれ泣いていた。こ
の両方の話しが伝えているとおり、ミンガスの作る音楽はとてもエモーショナルなものな
のである。押さえ切れない感情が音楽的な表現で爆発するような瞬間が多いのが、ミンガ
スの音楽の特徴だ。”ダン、ダン、ダンダンダン”と人類が直立歩行となる様子(また同
時に黒人がアメリカ社会の中で立ち上がる様子)を音楽で表現した名盤『直立猿人』しか
り、バンドを抜ける決意をしたバンド・メンバーのエリック・ドルフィーのバス・クラと
会話をしているような『ミンガス・プレゼンツ・ミンガス』しかりである。でも一番好き
なミンガスのアルバムは、上記のアルバムのようないわゆる名盤ではない。それは何かと
聞かれたら、胸をはってこう答える。それは『スリー・オア・フォア・シェード・オブ・
ブルース』です、と。
このアルバムは、あまり評判がよろしくないようである。ミンガス最晩年の作品であり、
冒頭からいきなりミンガスのぶっといベースによるイントロで始る。そしてこのアルバム
の印象を決定づけているのが、初めてミンガスのアルバムで大きくフィーチャーされたギ
タリスト3人(ラリー・コリエル、フィリップ・キャサリーン、そして今をときめくジョ
ン・スコフィールド)である。特にコリエルのチョーキングを多用したファイト一発のソ
ロは気持ちよい。あの独特の”コリエル、コリエル”という、フレーズも炸裂する。ミン
ガスはギターが好きではなかったらしいのだが、このアルバムで大きくフィーチャーした
のは何故だろうか。おそらくミンガスはギターそのものが嫌いという訳ではなく、ジャズ
・ギター特有のちまちましたソロが好きでは無かった。それまでのミンガスの音楽に、い
わゆるジャズ・ギターの音色は似合わない。しかしここで起用されたギタリスト(特にコ
リエル)の弾くギターは、”いわゆるジャズ・ギター”とは違ってロック色が強いものだ。
ミンガスはその音色が気に入った。そして上記ジェフ・ベックのアルバムのヒットも、関
係していた可能性もある。自分の曲にコリエル達のエレクトリック・ギターを加えた時の
可能性を、きっとミンガスは発見したのだ。それゆえギターにフィットする過去のオリジ
ナルである《ベター・ギット・ヒット・イン・ユア・ソウル》や、”時の曲”であった《
グッドバイ・ポーク・パイ・ハット》を演ったのではないかと思っている。コリエルのギ
ター、そしてミンガスの音楽に無くてはならない変幻自在に爆発するダニー・リッチモン
ドのドラムスの2つが絶妙に交歓するこのアルバムが僕は大好きなのだ。アルバムのタイ
トルどおりに、全体を通してブルージーな雰囲気が濃厚のアルバムなので、あまりジャズ
を聴いた事の無い人でもブルーズ・ロックとかが好きな人だったらきっと気に入るに違い
ない。こういう傑作を、なんで日本ではCD化しないのだろう。
ミンガスは、このアルバムの後にも1枚アルバムを制作するが、病気により既に車椅子の
人をなっており、その最後のアルバムでは確か作・編曲と指揮だけだった記憶がある。そ
してジョニ・ミッチェルとの素晴らしいコラボレーション・アルバム『ミンガス』制作中
に他界してしまう。”ジャズ”というジャンルの枠だけでミンガスの音楽を見ると、その
音楽が持つスケールの大きな素晴らしさがわからない可能性がある。ミンガスが作った、
エモーショナルで楽しさに溢れた素晴らしい音楽の入口として、このアルバムを聴いてみ
てほしい。

※ここでさわりを聴けます。
《ベター・ギット・ヒット・イン・ユア・ソウル》をぜひ聴いてみて下さい!