●作曲と歌心とグループ表現/ケニー・ドーハム

ケニー・ドーハムという人を聴いている人は、我が国ではどのくらいいるのだろう。イメ
ージとしては、ジャズを好んで聴いてきた人以外の一般的な人達に聴かれていることはま
ずないと思える。名前すら聞いたことが無いという人が殆どだろう。かくいう私も、そん
なに聴いてきたわけではなかった。ドーハムの初体験は、確かサックス奏者ジョー・ヘン
ダーソンのアルバムのオープニングナンバーで、現在ではジャズ・スタンダードとなった
《ブルー・ボッサ》だったと思う。ちなみにこの曲は、ドーハムのオリジナル曲である。
この曲のドーハムのソロ(即興で演奏される部分)は、とても印象に残るものだ。いまで
も”デロレロリレロ”とジョー・ヘンダーソンが出てくるまでのドーハムのソロは空で歌
える。それくらいドーハムのソロは、メロディックで”歌心”溢れるものなのである。
ケニー・ドーハムという人は、トランペット吹きである。CD店などでは、ジャズのコー
ナーにいけばその名前を見つけることができるだろう。1924年生まれなので、ジャズの世
界でも意外と古い世代の人である。チャーリー・パーカーのグループにも加わっていた、
ビ・バップ世代の人だ。ビ・バップというのは、既成のミュージカル・ナンバーなどの曲
のコード進行をベースに、めまぐるしいようなテンポで即興演奏を行う音楽である。その
代表者がチャーリー・パーカーという人だが、パーカーのような優れた演奏家でさえ、イ
マジネーションが不足するようなときは、即興部分になるとどの曲も同じように聴こえる
ところにビ・バップと呼ばれた音楽の限界があった。やがて1950年代前半にビ・バップは
衰退していくが、その中で一部のミュージシャン達はビ・バップの次の新しい可能性を模
索していた。ドーハムも、その中の一人だった。やがて同じ志を持つホレス・シルヴァー
やR&B出身の若いテナー奏者ハンク・モブレーらと共に”ジャズ・メッセンジャーズ”
というグループに参加する。このグループの音楽は、メンバーの作曲したオリジナルを巧
みな編曲により即興演奏と融合させ、洗練された新しい響きを生み出した。やがてその音
楽は、ハード・バップと呼ばれることになる。
このような中、ドーハムは自らのミュージシャンとしての個性をどのように確立していく
か考えていたに違いない。当時のドーハムは、若いミュージシャンからするとベテランで
ある。同世代には、年下だがいかにもトランペットというきらびやかな演奏を行うクリフ
ォード・ブラウンがいた。弱冠18歳のリー・モーガンも台頭してきた。マイルス・デイ
ヴィスは、ミュートを使用したバラード表現で自己の表現を確立しつつあった。ドーハム
は自らの個性を確立するために、”ジャズ・メッセンジャーズ”で得た手法を更に前進さ
せる道を選択した。自らの作曲したオリジナル曲をベースに、斬新なグループ表現を行う
自己のグループ”ザ・ジャズ・プロフェッツ”を結成する。”メッセンジャーズ”に対し
て”プロフェッツ(預言者)”だ。ベテランであるドーハムの意気込みが伝わってくる。
しかしクリフォード・ブラウンが事故によって急死してしまい、後任として彼の参加して
いたグループに参加したことで”ザ・ジャズ・プロフェッツ”は短命に終わってしまう。
その後もいろいろなレーベルに作品を残しているが、ドーハムの音楽に一貫しているのは
その類まれな”歌心”である。ドーハムが即興演奏を行う場合は、明らかにコード進行で
はなくメロディをベースにしてスタートする。そして見事な構成力と”歌心”でまとめて
いくのだ。そしてそれは、ドーハムが好んだ5人編成(トランペット、サックス、ピアノ
、ベース、ドラムス)のグループでの演奏により顕著なように思える。
先日、ある事情からケニー・ドーハムの音楽を続けて聴く機会があったが、あらためてそ
のことを強く感じた。ドーハムの傑作としてよく本などに紹介されている『静かなるケニ
ー』というアルバムがある。確かに聴きやすく良い演奏だが、少し物足りないのはハード
・バップとしてのアクレッシブな部分にかけるからなのだと解った。代表曲の《蓮の花》
などは、”サックスが入っていればもっと格好いいのになぁ”などと思ってしまうのであ
る。その点、”ジャズ・プロフェッツ”にギタリストのケニー・バレルが加わったライブ
盤の『アット・ザ・カフェ・ボフェミア』や、ジャッキー・マックリーンと組んだ双頭コ
ンボでのライブ『インタ・サムシン』などは、ジャズ喫茶なんかでかかるとピッタリのい
かにも”ジャズ”といった音楽である。我が国では、おそらくジャズを好んで聴いてきた
人の間でも『静かなるケニー』の思索的なパブリック・イメージで語られるドーハムだが
、お洒落な帽子と服でポーズを決めたジャケットの作品や、ボーカルをやっている作品も
ある。ボクシングにも熱中していたと言うし、意外にアグレッシブな人だったのかも知れ
ない。ドーハムが最も自分にフィットしていたと感じていたであろう、”作曲”と”グル
ープ表現”を含んだ作品を、もっともっといろいろな人に聴かれて欲しいと思うのだ。