●Live At The Royal Festival Hall London 1978/Gil Evans

ギル・エヴァンスという人は不思議な人である。一応その肩書きはアレンジャーというこ
とになっているが、このアルバムにおけるギルの編曲というのは、どこまで実際にアレン
ジメントされているのかがよくわからないからだ。1940年代のクロードソーンヒルから、
マイルス・デイヴィスとの一連のコラボレーション、電化サウンドを取り入れた1969年の
Ampex盤、『時の歩廊』、『プレイズ・ジミ・ヘンドリックス』あたりまでは、まがりな
りにも確かにアレンジを元に曲が演奏されているというのが解る。しかし、この欧州にお
ける一連のライブあたりから怪しくなるのだ。怪しくなるといっても、演奏が悪くなって
いるのではない。むしろその逆である。演奏は自由度を増し、より魅力的なものになって
いるのだ。Ampex盤や、日本で録音した菊地雅章とのコラボレーション等のアルバムの音は
、確かに刺激的なものではあるのだが、どこか閉塞感があり自由度に欠ける。恐らくギル
自身は、その閉塞感に気がついていただろうことは想像に難くない。そのような理由から
であろう。、このイギリスでのライブに始る一連の欧州録音あたりから、オーケストラの
演奏に変化がみられるようになるのだ。あまりにも細部に渡るアレンジは逆に曲が発展す
る可能性を閉ざしてしまうと、おそらくギルは考えた。そして出した結論が、”必ずしも
譜面どおりに演奏しなくても良い”ということだったのではないか。ギルのアレンジを曲
の道標やフレームのような役割とすることによって、オーケストラの演奏上の自由を拡大
させる。そのようにして演奏される曲は、ダイナミズムと発展の可能性を獲得することが
できるのである。実際にライブ・アンダー・ザ・スカイでジャコ・パストリアスと来日し
たギルのオーケストラのライヴを観たとき、トランペットのルー・ソロフがフレーズを吹
きながら合図をするとそれが次第にホーンセクションのフレーズに変化していくような場
面が何度もあったことを思い出す。
この欧州の楽旅でのギルのオーケストラは、いろいろな編成で『パラボラ』や『リトル・
ウィング』といったアルバムを残しているが、ベストはこのイギリスはロイヤル・アルバ
ート・ホールにおけるライブである。演奏の全てをギルのアレンジに委ねるのではなく、
オーケストラのメンバーの自然発生的なアイディア(即興)を演奏のなかに取り入れたこ
のアルバムの音楽は、私にとって恐ろしく刺激的で可能性に満ちていた。演奏される曲は
、編曲による閉塞的な縛りから解放され即興演奏のダイナミズムを得ており、なおかつ、
そこにはまぎれもなくギルのサウンドが鳴っている。晩年のマンデイ・ナイト・オーケス
トラによる一連のアルバムでは、このメンバーの即興によるジャム・セッション的な曲の
展開の部分が多くなり、”ギルを聴いている”という満足感が次第に薄くなっていったが
、このアルバム時点では、ギルのアレンジとオーケストラのメンバーによる即興(フェイ
クを含む)が絶妙にブレンドされているのだ。このアレンジと即興のバランス(このバラ
ンスこそが、ギルらしさを醸し出す要因である)を聴くことができるのは、この1978年の
ライヴから1980年の『Live At The Public Theate ( NewYork 1980 )』(これも名盤)ま
でであると思っている。
話しは戻って、このロイヤル・アルバート・ホールでの実況録音によるアルバムは、デヴ
ィッド・サンボーンの泣きのサックスが堪らないジミ・ヘンドリックスの《エンジェル》
、これぞギルという豊かな色彩感のチャールス・ミンガスの《オレンジ色のドレス》、シ
ンセサイザーによるゴキゲンなソロ(ピート・レヴィンor菊地)が聴けるチャーリー・パ
ーカーの《ブルース・イン・C》など、ギル・オーケストラのベストというべき曲が聴く
ことができる。このアルバムを聴いたとたんに、それまでは単なるアレンジャーという認
識しかなかったギルに対する考え方を改めざる得なかった。ジャンルというものにこだわ
らず、”本物のアーティスト”の”本物の音楽”をレパートリーにして自分のサウンドに
染め上げる(ここができそうでできないところである)ギル・エヴァンスという人に私は
すっかり魅せられてしまったのである。またこのアルバムは、ギル自身が制作に関わった
ことにより、アルバム自体が一つのコンサートの流れのように構成され聴きやすくなって
いるのも大きな特徴である。『時の歩廊』にも似たようなのが入っていたが、あの集団即
興的なエピローグは何なのだろう。ギルの音楽の秘密は、まだまだ掴みきれてはいないの
である。そういえばデヴィッド・ボウイーが主演した映画「アブソリュートリー・ビギナ
ーズ」の音楽もギルが大きく関わっていたが、一聴でギルとわかるものだった。あのサウ
ンドの秘密とは何なのだろう・・・。まったくもってギルは不思議なアーティストである。