●A LONG VACATION/大滝詠一

このところ、大滝詠一の『A LONG VACATION』をよく聴いている。現在(5月)のように
、緑萌える春と初夏の合間の時期にぴったりのアルバムである。このアルバムが発売され
たのは1981年3月なので、初めて聴いたのもきっとその頃だったのだろう。その頃の感覚
が、きっと今も身体の中に残っているのだと思う。
初めて聴いた頃は、このアルバムのポップさや甘さを軽くみていたようなところがあり、
きちんと聴いてはいなかった。今頃になって、その音楽の魅力に驚いているような始末で
ある。当時の日本の音楽状況といえば、同じ”はっぴいえんど”出身の細野晴臣のYMO
を筆頭としたジャパニーズ・テクノやニューウェーブが台頭してきており、大滝詠一のナ
イアガラ・レーベルでデビューしたシュガーベイブ出身の山下達郎は、ディスコから火が
ついて《Ride On Time》(最近キムタク主演のドラマの主題歌になった)がヒットしてい
た。そのような状況の中で聴いたこのアルバムは、”ダン・ドゥビ・ダンダンダン”とい
ったコーラスの印象などからどうも私には軽すぎて馴染めなかった。山下達郎なんかのソ
ウル・ミュージックをベースにしたヘヴィなアプローチなんかと比較すると、”聴かず嫌
い”というか、敬遠していたところがある。第一期ナイアガラのアルバム・ジャケットに
見られるような、”あまり格好良くない”イメージも災いしていた。ただ『ナイアガラ・
カレンダー78』に含まれていた《Blue Valentine Day》や、シリア・ポールが歌った《
夢で逢えたら》などの名曲は、そのポップなメロディが強烈に印象に残っっていた。少し
話しが逸れたが、実際この『A LONG VACATION』を初めて聴いたのは、音楽にはそんなに
興味を持っていなかった友人の部屋である。つまり好みではなかったので、自分では買わ
なかったわけだ。ちなみにその友人は、当時大学一年生。そんな彼が購入していたくらい
のアルバムだから、当然プロモーションにも気合が入っていたのだろう(ナイアガラも配
給元を大手のCBSソニーに移しての第一弾だった)。つまりこのアルバムは、”ポパイ
”などの雑誌を片手にした大学生が、彼女を自分の部屋に招待したときにBGMでかける
ようなイメージのアルバムだったのである(私のまわりでは、事実そのように聴かれてい
た)。
今になって考えると、それこそがこのアルバムの本質のような気がしている。なめらかな
大滝詠一の歌唱に、ひたすら心地良く身を委ねるというのがこのアルバムの正しい聴きか
たなのだ。それは”はっぴいえんど”の『風街ろまん』に含まれている名曲《空色のくれ
よん》のあのヨーデル風の歌唱にあった心地良さと開放感を想い起こさせる。”はっぴい
えんど”時代にあった松本隆の詩に対する”従”となるような曲の関係(意識的なもの)
も、この『A LONG VACATION』では見事なまでの一体感となっている。そのコラボレーシ
ョンは、このアルバムのバリエーションである松田聖子の『風立ちぬ』のA面、そして『
EACH TIME』へと繋がっていくのだ。本当に今となってみると、文句のつけようもないよ
うな名盤なのである。なんで昔、気がつかなかったのだろう。往々にして、カッコをつけ
てマニアックな音楽ばかり追いかけている20代の頃というのはそんなものなのかもしれ
ない。フィル・スペクターがどうのとか、引用されたアメリカン・ポップがどうのとか、
現在ではいろいろな評価を受けている名盤だが、そんなことはどうでも良い。《君は天然
色》、《カナリア諸島にて》、《雨のウェンズデイ》、《スピーチ・バルーン》(大好き
!)、《恋するカレン》と名曲をひたすら気持ち良く歌いこなす大滝詠一の歌唱に深く耳
を傾けよう。最後の曲が終わってしばらくすると、きっとまた聴きたくなるはずだ。