●サマーデイズ/ザ・ビーチ・ボーイズ

さて今回は、前回に引き続いてブライアン・ウィルソン関連の話しである。でも前回と異
なり本家本元のビーチボーイズ、しかも『サマーデイズ』(1965年)だ。あまりにもこの
アルバム、過小評価されてはいるのではないか。『トゥデイ』と『ペットサウンズ』に挟
まれて、不遇な扱いを受けすぎているのではないかという感じが年を追うごとに高まって
くる今日この頃なのである。確かに『トゥデイ』のB面は凄い、『ペットサウンズ』は信
じられないくらいの傑作だ。しかしその間のこのアルバムの評価といったら、”夏と女の
子というビーチボーイズのパブリック・イメージに戻った”とか、”ブライアンの足踏み
を感じさせる内容”とか、何を聴いているのだと文句をつけたくなるものが多いのだ。そ
れでは、あまりにこのアルバムおよびブライアンが浮かばれない。確かに、ビーチボーイ
ズの季節である夏に発売を間に合わせるという事情はあっただろう。それを裏付けるよう
に、アルバムの収録時間も26分しかない。それに加えて、マネージャーであり同時に父
親であったマリー・ウィルソンとの確執(このアルバムの《ヘルプ・ミー・ロンダ》のセ
ッション中に両者は決定的な破局を迎える)もあり、ブライアンの精神状態は決して良く
なかったはずだ。アルバムには、”親父を呪え”というコーラスまで飛び出す《アイム・
バッグド・アット・マイ・オール・マン》という、エキセントリックな曲まで入っている。

しかしそれでも、このアルバムでのブライアンは素晴らしい。特に、いくつかの曲のサウ
ンド・プロダクションは特筆に値する。具体的に言うと、《アミューズメント・パーク・
イン・USA》における遊園地のSEや、斬新なアレンジの《ソルトレイク・シティ》や
《レット・ヒム・ラン・ワイルド》といった曲である。それにもうひとつ興味深いのが、
ビートルズとの関連である。といっても、ビートルズの《チケット・トゥ・ライド》を下
敷きにしたような、《ガール・ドント・テル・ミー》のことではない。このアルバムがア
メリカでリリースされた直後の1965年8月に、ビートルズはあの有名なシェア・スタジア
ム公演を始めとする2回目のアメリカ・ツアーを行っている。そのツアー中の8月22日に
は、なんとビーチボーイズのマイクとカールの訪問を受けている。ビートルズはこのツア
ー中にボブ・ディラン、シュープリームスやエルビス・プレスリーとも御対面しているの
で、これだけでは驚くに当らない。
しかし考えてみよう。アメリカのヒットチャートにおいて自分達のライバルとなるかもし
れないこれらの人たちのレコードを、ビートルズおよびそのスタッフが購入し聴いていた
ことは十二分に考えられる。そう考えてみると1965年10月から録音が開始されたビートル
ズの次のアルバム『ラバーソウル』には、このアルバムからの影響が感じられはしまいか。
それまでのビートルズのイメージを覆すようなアグレッシブな《ドライブ・マイ・カー》
をアルバムの1曲目に持ってきているところは、このアルバムの幕開けの《ザ・ガール・
フロム・ニューヨーク・シティ》に非常に似ている。曲の雰囲気とか、間奏なんかも、非
常に良く似ているのだ。また《ユー・アー・ソー・グッド・トゥ・ミー》の”ララララ〜
”というコーラスと、『ラバーソウル』に収録されたジョンの代表曲《ノーウェア・マン
》の”ラ・ラ・ラ”というコーラスもそっくりである。そして《アミューズメント・パー
ク・イン・USA》のSEサウンドは、そのままビートルズの代表作”ペッパー”にその
ままつながるではないか。ビートルズ側からは何の言及もないが、恐らく(無意識的にも
)このアルバムのサウンドがビートルズのその後のサウンドに影響を与えたことは間違い
ない。その変化したビートルズのサウンド(『ラバーソウル』)から自分達が与えた影響
を聴き取ったブライアンは、そのサウンドを”明らかな自分への挑戦状”と受け取ったの
であろう。《ガール・ドント・テル・ミー》でビートルズを軽く流したビーチ・ボーイズ
(ブライアン)にとって、『ラバーソウル』のサウンドをそのように感じていなければ”
明らかな自分への挑戦状”などという表現は出てこないはずである。アメリカ盤『ラバー
ソウル』に《ノーウェア・マン》は入ってなかったではないかとかいう次元の話ではない。
もしかしたら、ビーチ・ボーイズからの影響を隠すために《ノーウェア・マン》などを外
したとも考えられなくもない。重要なのは『ラバーソウル』のサウンドをブライアンが”
挑戦”と受け取ったということである。そしてブライアンは、ビートルズからの挑戦に挑
むかのように『ペット・サウンズ』の制作を始める。やがて『ペット・サウンズ』が発売
され、一般的なこのアルバムの評価は高くなかったにも関わらずその内容に打ちのめされ
たポール・マッカートニーは、『サージェント・ペッパーズ〜』の制作を開始するのであ
る。