●シャドウズ・アンド・ライト/ジョニ・ミッチェル

ジョニ・ミッチェルの傑作ライブ、『シャドウズ・アンド・ライト』のDVDを買った。
この信じられないくらい素晴らしいアルバムを最初に買ったのは、確か1980年である。
当然DVDなんて無い。LPレコードで2枚組だったのだが、ジャケットの内側には既に
映像の一部がアートワークとして使用されている。つまり今回のDVDも、”たまたま撮
影していたライブ映像”を発売したというのではなく、ジョニが当時からLPと同時に映
像作品の制作も行っていたことを意味している(DVDのコピーライトも1980だ)。
しかもそのジャケットに使用された映像の場面は、一つ一つが”このひとコマしかない!”
といった場面が選ばれている。このような細かい作業からも、ジョニがこの傑作アルバム
を単なる記録としてでなく”作品”として捉えていたことが解る。また映像をみると、L
Pの最初を飾っていた《イントロダクション》が、”ああ、ジェームス・ディーンの映画
の場面だったのか”と解る(アメリカ人には、言わなくてもすぐにわかるのかも知れない
)。そして《フランスの恋人たち》、《コヨーテ》、《デ・モインのおしゃれ賭博師》、
《アメリア》、《逃避行》などには、歌詞のイメージを増幅させるような映像が挿入され
ている。MTVが始ったばかりの時代に、こういう映像的な作品を作っていたなんて、や
はりジョニは才人だなぁと感心してしまう。

音楽も、ライブのグルーブ感を保ちつつ、恐ろしく純度の高い音楽である。このときのジ
ョニのグループは、こんな演奏を毎日していたのだろうか?信じられないくらい、素晴ら
しい演奏である。まずは何と言っても、ジャコ・パストリアスが驚異的である。《デ・モ
インのおしゃれ賭博師》(この曲はドン・アライアスのドラムと、マイケル・ブレッカー
のサックス、そしてジャコのベースのみで演奏されるB♭のブルース)の斬新かつ驚異的
なフレーズのバッキングや、《黒いカラス》の最後の物凄い早弾きで、そのテクニックと
個性は十分にわかるはずだ。LPやCDには入っていない、サンプリング・ディレイを駆
使したお得意のソロ・パフォーマンスが映像で見れるのもうれしい。ソロで演奏している
のは、当時ジャコが在籍していたウェザー・リポートのライブでもおなじみだった、ジミ
・ヘンドリックスの《サード・ストーン・フロム・ザ・サン》である。但しこの演奏はま
とまりに欠け、ソロとしての出来も、ウェザー・リポートの当時のアルバム『8:30』
のほうが良いのでLPから削除された理由もわからなくも無い。しかし圧倒的なパフォー
マンスであり、音楽的な衝撃力は今もある(最後に自分でディレイを止めに行く姿は、少
し情けないけど・・・)。
そしてジョニ自身の歌とギターの素晴らしいこと!。特にギターはパット・メセニーやジ
ャコといったフュージョン・シーンの一流ミュージシャンにも負けず、音楽の重要な一部
としてきちんと演奏されているところが凄い。歌もライブというのが信じられないほど淡
々と歌っているが、その音楽が醸し出す情感は物凄く深い。物凄いミュージシャンである。
そしてタイトル曲はゲストのパースエイジョンズのアカペラ・コーラスと、パット・メセ
ニー・グループのライル・メイズのキーボードのみで演奏されるが、見事にアメリカの光
と影を映し出す。少し歌詞を引用してみよう。

  貸切のサロンでくつろぐ日焼け族(Santans in reservation dining rooms)
  ランタンの光に照らされた青白い炭鉱夫達(Pale miners in their lantern rays)
 それはまるで、昼と夜、昼と夜(It's like night,night and day)

この曲はライブ映像のみだが、初めて聴いたときから上記のような歌詞が、映像で示され
るよりも鮮明に”アメリカの光と影”のイメージ喚起する。この1曲で、ジョニ・ミッチ
ェルは、永遠に僕の中に引っかかる存在になった。なおDVDはこの曲で終わってしまう
が、LPではあのCSN&Yが歌った《ウッドストック》が、作者であるジョニ自身の演
奏でアンコールに演奏される。この曲もまた、時の流れを感じさせる、見事のアルバムの
締めくくりとなっていた。
このアルバムは80年代までのジョニの集大成というだけでなく、間違いなくジョニの生涯
を通じての傑作である。買って、必ず損はしないアルバムだ。