●複雑でシンプルな傑作/至上の愛

皆さん、こんにちは。3月になって、日中は春らしい陽気の日が多くなってきましたね。
でもこのところは風の強い日が多く、まだまだコートが手放せないようです。みなさんは
いかがですか?

さて本日の話題は、ジョン・コルトレーンです。音楽に興味がある人ならば、ジャズを聴
いた事が無いという人でも名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。ロック
関係の人でも、バーズのロジャー・マッギンとか、ジェファーソン・エアプレインのグレ
ース・スリックとか、コルトレーンの影響を受けた人はたくさんいます。サンタナなんか
は、コルトレーンの曲をお経を唱えながらレコーディングしています。コルトレーンの音
楽が、ジャズという狭い枠を超えて様々なミュージシャンに影響を与えているのは、その
音楽が持つエネルギーがそれを聴く人の耳にストレートに訴える力を持っているからだと
思います。
そのコルトレーンが作った傑作アルバムに、『至上の愛』というのがあります。このアル
バムを初めて聴いたのは今から25年ほど前のことですが、その時の印象は複雑な曲だな
という印象でした。このアルバムは4つのパートからなる組曲で構成されているのですが
、その各パートのそれぞれの曲がどういう構成になっているのかよくわからなかったので
す。特にパート1の《Acknowledgement》は、いろいろな音階を使っているせいかとても
複雑に聴こえました。当時のレコードに添付されていた音楽評論家の解説も、難解なイメ
ージ作りに一役かってたこともあります。現在は鬼籍に入られたお2人の評論家が書いて
おられますが、今読み直すと誤りも多く笑ってしまうようなところも少なくありません。
少し話しが横道にそれましたが、その音楽が訴えてくる感情にストレートに耳を傾けてみ
ると、この『至上の愛』というアルバムは決して複雑な音楽ではないということが解りま
す。パート1を例にすると、コルトレーンのサックスが出す多様なフレーズも、エルビン
・ジョーンズの叩き出す複雑なポリリズムも、ジミー・ギャリソンのベースパターンも、
実は同じ”A LOVE SUPREME”というアルバム・タイトルのフレーズを様々なバリエーショ
ンで演奏しているのです。もちろんシンプルとはいっても、音楽的には高度なものである
ことは言うまでもありません。音楽的にも単純に演ってしまうと、サンタナとジョン・マ
クラフリンみたいになってしまいます(まあ、あれはあれで嫌いではないんですけど)。
この『至上の愛』というアルバムは、”神からの啓示を受けて、神に感謝の気持ちを捧げ
るためにこの組曲を書いた”というコルトレーンの意図をメンバーが十分に理解したうえ
での絶妙なチームワークの結果なのです。パート1での神への祈りに始まり、最終曲のパ
ート4の素晴らしいブラック・ゴスペル《Psalm》で静けさの中にも力強さを持つ表現の
頂点に達するシンプルで美しい音楽なのです。”多様な音階”というような音楽的なアプ
ローチではなく、コルトレーンが何を表現しようとしていたのかというようなことを考え
て聴けば、”多様な音階”も”いろいろな人々の祈りの言葉”をサックスで表現している
のだというように理解できます。私が、コルトレーンの音楽は基本的には難解で複雑なも
のではなく”シンプル”なのだという理由は、このような所にあるのです。

ところで、昨年でしたかこの傑作は、未発表セッションと歴史的な”組曲全曲演奏のライ
ブ”と一緒に『Delux Edtion』として発売されました。あの混沌とした『アセンション』
録音後のライブは興味深いパフォーマンスでしたが、やはりオリジナル・アルバムの持つ
完成度には到りません。そして未発表セッションのほうを聴いて解ったことは、アート・
デイビスを加えたダブル・ベース効果がゴスペル・コーラスのような面白い効果を出して
いたことと、アーチー・シェップがマイルスのいうように”イモ”だったことです。この
いづれも、基本的にはあくまで『至上の愛』というアルバムを補完するものでしかありま
せん。うーん、でも最近のコルトレーンのリリース事情はどうなっているのでしょう。こ
の『至上の愛』を含むコルトレーンのインパルス・レーベルでのオリジナル・アルバムは
、ビーチ・ボーイズのキャピトル・レーベル時代のアルバムなんかと同じように常に揃っ
ていなければいけないものだと私は思うのです。レコード会社の方々には、この素晴らし
いカタログを絶やすことの無いよう、頑張ってもらいたいものです。

では、また。