●マイルスを聴いていたら急にエリントンが聴きたくなった

皆さん、お元気ですか。2002年も残りあと少しになりましたね。
思えば今年の後半は、ローリング・ストーンズのレーベルを超えた究極のベスト盤の『フ
ォーティ・リックス』、ジョージ・ハリスンの遺作となった最新作『ブレインウォッシュ
ド』、まだ未聴ですがボブ・ディランのローリング・サンダー・レビューの未発表ライブ
とジミ・ヘンのワイト島ライブの再コンピレーションと盛りだくさんでした。特に11月の
後半に出たマイルス・デイヴィスのモントルーBOXは、なんとCDにして20枚組!とい
う強力なボックス。毎日1枚づつ聴いていっても、20日間もかかってしまうというどえら
い代物です。1973年から1991年までのモントルーでのライブがそっくりそのまま収められ
ており、私は”今日は1985年のEveningコンサートにしよう”など楽しみながら聴きました。
1985年のバンドは、その前のジョン・スコ:アル・フォスター時代の重さが取れて、スカ
ッと軽いのと、マイルスのカムバック盤のポップな側面の立役者ともいえるロバート・ア
ービングV世のキーボード(シンセ)がサウンド上の重要な役割を担うようになってきた
のが特徴です。1985年のマイルスバンドの演奏というのは前々から好きで、東京の読売ラ
ンドで行われたライブ・アンダー・ザ・スカイというイベントでの実況録音(FM放送で当
時放送されたものをエアチェックしたもの)を前々から愛聴していました。読売ランドで
沈み行く夕日をバックにして観客の女性に語りかけるように演奏されたシンディ・ローパ
ーのカヴァー《タイム・アフター・タイム》も忘れられませんが、モントルーのステージ
での演奏もやはり負けず劣らず良いです。このときに演奏していた《Pacific Express》
という哀愁に満ちたアップテンポの好きな曲があるのですが、このボックスセットや、中
山康樹さんという私の好きな音楽評論家が書いた「マイルスを聴け!」という本の最新版
によると、ギタリストのジョン・マクラフリン作とあるではありませんか。どれどれとジ
ョンのレコードを確かめてみたら、『マハヴィシュヌ』という当時のレコードにしっかり
と入っていました(滅多に聴かないから、気がつかなかった)。少し余談になりましたが
、今回はそんなことから感じたことを少しお話しましょう(なんだかタイトルが、植草甚
一さんのエッセイのようにようになってしまいました)。

このマイルスのボックスを聴きとおして感じたことは、やはりマイルスのトランペットが
放つサウンドの魅力です。クインシー・ジョーンズと一緒にギル・エヴァンスとのレパー
トリーを再現した、19枚目のCDを聴くとはっきりとわかります。このときはマイルスの
影武者としてウォーレス・ルーニーというトランペット奏者がソロイストとして参加して
いるのですが、音ははっきりいって雲泥の差です。マイルスと比較するのは酷ですが、一
音に込められている深みが全然違うのがハッキリとわかります。マイルスを贔屓にしてい
るから、言っているのではありません。偉大な奏者というのは、<自分の音>というのを
しっかりと持っているものなのです。このボックスを聴いていてふとそのことを感じるの
は、ほぼ全てのコンサートで2曲めに演奏しているブルースの《スター・ピープル = ニュ
ー・ブルース》です。このブルースを聴いていると、”昔から演奏の本質的なところは変
わってないのにやはりなぜか新しい”という、なんとも言い難い独特の感覚を味わうこと
ができます。私はこの曲を聴いて、マイルスが1950年代にギル・エヴァンスとやった《ブ
ルース・フォー・パブロ》という曲を連想してしまいました。なんとなくフィーリング的
に近いものを感じたのです。そうしたら急に、何故かは解らないけれど、デューク・エリ
ントンを無性に聴きたくなってしまったのです。レコード棚からごそごそと引っ張り出し
て、何年かぶりに聴きました(そーゆーことって、ありますよね)。

デューク・エリントンです。ジャズの巨人とも偉人とも言われている人です。天才スティ
ーヴィー・ワンダーが《サー・デューク》でKingと歌い、亡くなったときにはマイルスが
、”For Duke”の言葉と共に《ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー》という曲をアルバムの
1面をまるまる使って捧げたデューク・エリントンです。エレクトリック・マイルスの顔
のアップ写真(モントルーボックスと同じイタリア人の写真家ジュゼッペ・ピーノの素晴
らしいポートレートです)が1面に使用されているその大好きなアルバム『ゲット・アッ
プ・ウィズ・イット』(LPレコード)のジャケットを開くと、片側にはマイルスのスタ
ジオでのスナップ写真と曲目・パーソネルが、そしてもう片側には”For Duke”の文字の
み。マイルスの”デュークへの想い”がひしひしと伝わってきます。このように、マイル
スやスティービー・ワンダーが曲を捧げるデューク・エリントンという存在はやはり無視
することはできません。私はといえば、ジャズの偉人なので1枚くらい聴いてみようとい
う動機で20年ほど前に買った、『ザ・ポピュラー』というアルバムを1枚持っているだけ
でした。ジャズを聴き始めた当時は小編成のモダン・ジャズばかり聴いていたので、エリ
ントンといっても”ジャズの偉人でビック・バンドのリーダー”というくらいの単純な認
識しかありませんでした。エリントンの曲も、有名な《A列車で行こう》とか《サティン
・ドール》くらいしか当時は知りません。その当時のジャズ雑誌に、”このアルバムはデ
ュークのヒットパレードとして聴きやすい”云々といった紹介のされかたをしていたので
、廉価盤ででていたLPレコードを買ったのでした。しかし《A列車で行こう》なんかは
知っている曲ということもあるせいかパーっとした感じなのですが、他の曲は独特のムー
ドがありなんとなくなじめません。そのまま20年以上もの間、滅多に聴かずに放っておい
たのです。ときどき思い出したようにターンテーブルに載せることもありましたが、何か
しらピンとくるものがありません。エリントンに大きな影響を受けたというチャールス・
ミンガスの大編成ものなんかは好きなのに、エリントン本人の演奏は何でピンとこないん
だろうという気持ちが今までずっと続いていたのです。それがこのところマイルスばかり
を聴いていて、ふと表現しているものの本質が似ているような気がしたのです。それはず
ばり、ブルース色豊かなサウンド・カラーです。エリントンはフル・バンド、マイルス
はトランペットという違いがありますが、表現しているフィーリングが物凄く似ているの
です。エリントンは、リード楽器(特にクラリネット)と金管楽器のミュートを巧くブレ
ンドして、あの独特のサウンド・カラーを作り出しています。特に、バス・クラリネット
やベース・トロンボーンやピアノの低音部の使い方は、独特というか、感心してしまいま
す。それらが、あの独特でブルージーなサウンドを作りだしているのです。エリントンの
作り出すサウンドは、いわゆる華やかなビック・バンドのブラスセクションというのとは
少し違うのでなんとなく馴染めなかったのですが、一旦そのベースにあるブルースに気が
ついてしまうと、もうサウンドがもう耳にこびりついて離れません。まさに、オーケスト
ラです。ビック・バンドではないのです。それまでの戦意高揚やダンス・ミュージックだ
ったビック・バンドの音楽を、独特のサウンドカラーでアートの域にまで高めたのです。
エリントンに勝手にビック・バンドのイメージを求めていた、私の聴き方が間違っていた
のでした。いまは私の頭の中を、ブルージーなクラリネットが駆け巡っています。

それからさらに特筆しなければいけないのが、オーケストラのメンバーの楽器の演奏技術
の巧さです。バンマスに指名された人が”ただ何となくコード進行に合わせたソロを取る
”というような、いわゆるビック・バンドの演奏とは一線を画しています。録音はたった
3日間で行われていますが、各楽器のソロを含めたここまでの演奏のクオリティは、やは
りメンバーの演奏技術がしっかりしていないと不可能でしょう。エリントンはメンバーの
技量や特性を想定して曲を書いていたそうですが、メンバー全員が(ソロイストも含めて
)エリントンの手足となって演奏しています。”私の楽器は、私のバンドだよ”とエリン
トンはいったそうですが、まさにその通り!。このようなところも、マイルスのバンドと
似ている点だと思います。もしかしたら、マイルスのほうが意識していたのかもしれませ
ん。マイルスが70年代にやっていたワウワウをかけたトランペットの演奏も、マイルス本
人は”ジミ(ヘンドリックス)のようなサウンドにしたかった”と言っていたけれど、こ
のエリントンのサウンドも無意識に頭にあったのではないかと思ってしまいます。この『
ザ・ポピュラー』というアルバムには、そんなエリントン・カラーたっぷりの有名曲が、
発売当時(1960年代)の新しい解釈で収められています。セロニアス・モンクを連想して
しまうエリントン自身のピアノ演奏も、結構たっぷりと聴くことができます。私はエリン
トンの他のアルバムを殆ど聴いたことが無いので比較できませんが、やはり傑作だと思い
ます。録音状態が良くて、聴きやすいのも魅力です。独特のサウンドカラーも堪能できま
す。《ムード・インディゴ》を、《ブラック・アンド・タン・ファンタジー》を、《ソリ
チュード》を、コットン・クラブのテーマとして有名な《ザ・ムーチェ》を、ジャコも自
分のビック・バンドでカバーした《ソフィスティケイティッド・レディ》といったブラッ
ク・ミュージックの傑作を、ぜひ聴いてみてください。きっとあなたの耳にも、エリント
ンのサウンドがこびりついてしまうことでしょう。私自身も、これから少しずつエリント
ンを聴いていってみようと思っています。まだまだ未知の出会いと驚きがあるかも知れま
せんからね。

では、また。