●沖縄の音楽・魂の音楽(その1)

いやあ、すっかり秋になりましたね。

季節の変り目と共に、サイトも新しいコンテンツを増やしました。パーソナル・ランキン
グです。現時点で洋楽日本のポップス(共にロック、ジャズなど)に分けて載せていま
す。実は『フィルモアの奇跡』や『スーパー・セッション』というアルバムで有名な、ア
ル・クーパーという人がいて、その人が自分のサイトでやっていたものを見て、即座に”
私もやってみよう”と思ったわけです。考えてみるとこれがなかなか、自分の音楽的なバ
ックボーンを思い知らされるような経験で、とても面白かったですね。皆さんも、考えて
みると面白いと思いますよ。

さて、10月に入ってすっかり秋になったと思ったら、何を間違ったのか戦後最大という
台風の首都直撃。なんと今年に入って3回目だそうです。前回に少しお話したエル・ニー
ニョ現象の影響で、台風の発生地点が年々東にズレているそうです。発生地点がズレたこ
とにより、今までは台風銀座といわれた九州には1999年以来上陸することなく、関東
近辺を通ることが多くなったということです。関東近郊に住んでいる私としては、あまり
喜ばしいことではありません。九州地方の皆さんにとっては、喜ばしい話ですよね。そし
て、九州とともに昔は台風のメッカだった沖縄。いささか強引な展開ですが、今回はこの
沖縄の音楽に関連する話です。

先日、深夜のTVで、沖縄音楽を紹介している番組がありました。この番組(1時間番組
でした)の中で登場した、沖縄音楽界の人達が凄かった。登川誠仁、知名定男、ネーネー
ズ、照屋林助、大城美佐子、嘉手苅林次(林昌の息子さん)、りんけんバンドなど錚々た
るメンバーです。でも本土で一般的に知られているのは、ネーネーズとりんけんバンドぐ
らいですかね。このネーネーズとりんけんバンドはちょっと例外ですが、あとのメンバー
は名前を見るだけで三線とお囃子の太鼓の音が聞こえてきそうです。これで喜納昌吉と安
室奈美恵がいれば、現在なまで聴くことのできる沖縄歌謡の代表が全て揃ってしまうほど
のメンバーです。
特に、番組の最初に登場した登川誠仁にはビックリしました。普通に自転車に乗って自宅
近辺を走っている映像なんかは、ちょっとした地方都市にいるおじいちゃんと何ら変わり
はありません。しかし、これが三線(実際は自分で改造した6本の弦がある六線、12弦
ギターのようなものですね)を持ち歌い出すと、周りの空気は一変します。さすが、昔の
毛遊び(モウアシビー)の火付け役だったという過去が偲ばれます。自宅の軒先で三線を
かき鳴らしながら(弾くというよりこの場合ピッタリくる表現です)《ヒヤミカチ節》を
歌ったのですが、物凄いドライブ感で、アフロ・アメリカンの黒人ブルースマンのローバ
ト・ジョンソンを連想してしまいました。そして何故直感的にローバト・ジョンソンを連
想したのかという答えが、番組を観ているうちに徐々に明確になっていったのです(この
後実際に自伝を読んだら、本人が実際にブラック・ミュージックからの影響を認めていま
した)。
このTV番組の中に出てきた様々な人達が、言葉や歌で私達に示したことは次のようなこ
とです。

”沖縄の歌は、ウチナーンチュの生活の中に根づいている生きる力なんだ”

ウチナーンチュというのは、沖縄の人々のことです。番組を見ていてこのメッセージに気
がついたとき、なぜ登川誠仁とローバト・ジョンソンがつながったのかがわかりました。
沖縄の島歌もアフロ・アメリカンの黒人のブルースも、共にその苦難の生活を支えてきた
という共通項があるからです。そしてそれは、その生活の中にしっかりと根づいています。
魂の音楽なのです。本土のヒット曲のように、ビジネスとして音楽が存在しているのでは
ありません。登川誠仁が番組の中で語っていたように、仕事から解放された後に家で家族
で晩飯を食べ、ほろ酔いになった一家の主が家族の幸せを祈りながら三線片手に歌い出す
のが沖縄の歌(島歌)なのです。昨年の沖縄を舞台にしたNHKの朝の連続テレビ小説「
ちゅらさん」でも、堺正章が扮する主人公のお父さんは三線を常に持っていました。それ
だけではなく島歌は、戦争をはじめとする様々な苦難から、沖縄の人々に生きる力を与え
てきたのです。それは安室奈美恵が歌った2000年の沖縄サミットのテーマ曲《Never End》
の中で、遠くから聞こえてくる知名定男が弾く三線の音にまで引き継がれているのです。
苦難の歴史の中で沖縄の人々を勇気づけてきた三線の音、辛い労働の悲しみと生活の中の
喜びを同時に歌い上げた魂の音楽であるブルース。それらについて考えたときに、私の中
にある疑問が湧いてきたのです。そしてそれは、自分達の音楽というものについて考え直
さなければいけない、私にとって大きな衝撃となっていきました。りんけんバンドのリー
ダー、照屋林賢(照屋林助の息子さん)はこう語りました。

”素晴らしい音楽だから沖縄の音楽をやるんではない。俺達の音楽だから、
やるんです”と

この言葉に私は、大きなショックを受けました。これについては今回だけでは書ききれな
いので、次回に続けたいと思います。

では、また。